No-music.No-life

ヤフーblogから移行しました。

妄想族の極めてくだらない私小説

想いの果てに

いつだって、人に嫌われる事を恐れていた。 頭が良いからと言って、目立ち過ぎてもいけない。運動が出来るからと言って、だけど決して出しゃばってはいけない。作文や絵画のコンクールで表彰をもらっても、得意気な顔をしてはいけない。 私は普通。人並みに…

永遠の隣

結婚したの――と、まるで呼吸をするかのように自然に、先輩はそう言った。大学卒業後に入社して、そろそろ三年。営業という仕事のノウハウを一から教え込んでくれたこの先輩が、仕事の後にこうやって飲みに誘ってきた事自体、いつもだったらあり得ない事だっ…

スタート・ライン⑤ 最終章

(エピローグ) 何気なくつけていたFMラジオから流れるその曲には、聞き覚えがあった。中学時代の後輩だった牧田達のバンドは、デビュー十周年を迎えた今でも第一線で活躍を続けていた。彼らと同じような沢山のバンドがデビューしては、いつの間にか消えてい…

スタート・ライン④-2

(8) 終わった――最後の音を弾き終えたと同時に、僕は背負っていた何かから解放されたかのような気持ちを味わっていた。 夢を追い続けて、この十数年間を音楽と共に生きてきた。それを苦しいと思った事なんて、ただの一度もなかったはずなのに、どうして今、僕…

スタート・ライン④-1の2

会場は、外から見た時のイメージそのままに大きかった。驚いたのは、一万五千人規模の客席がほぼ埋まっている事だろう。会場内に入った瞬間、その圧倒的な観客の数に私は驚き、思わず感嘆の溜め息をもらしてしまった。開演までのあと数十分。耳に馴染みのあ…

スタート・ライン④-1

(7) 音ちゃんと別れて、地元に戻ってから数週間が過ぎた。 最後の最後まで、私達は気まずく目を逸らし、お互いにわだかまりを残したまま別れてしまった。もう音ちゃんから連絡が来る事はないし、私からも連絡する事は出来ない。 言わないで後悔するよりは言…

スタート・ライン③-2

金曜の夜にそのまま実家に戻り、日曜の夜に帰ってくると言っていたはずの歌ちゃんが、日曜の夜十時を過ぎても帰って来ていない。明日は普通通りに仕事があるはずだ。何かあったのだろうか。心配になった僕は、歌ちゃんにメールを送る事にした。 メールを送っ…

スタート・ライン③-1の2

「和歌子ぉー! 久しぶりー!」 翌日の夕方。クラス会の会場となっていた居酒屋に行くと、すぐに私の存在に気付いたらしい幹事の女の子が、嬌声をあげた。ああ確か、この子は…… 「美弥子! 久しぶり。ごめんね、ずっと参加できなくて。元気だった?」 私は無…

スタート・ライン③-1

(5) 母親から届いた手紙には、一通の往復葉書が入っていた。高校のクラス会のお知らせらしい。東京に出てきて、何度かこの手の知らせは届いていたけれど、私は一度も参加した事がなかった。だけど何故だろう、今回は行ってみようかなと思ったのは。ただの気…

スタート・ライン②-2

(4) 約束の期限が、もうすぐそこに迫っていた。だけど現実なんてそんな風に簡単にはいかない。僕らのバンドは、未だにこの小さなライブハウスですら、観客で一杯にする事が出来ずにいた。 「あーあ。今日も客少ねえ! っていうか、多分俺らのバンド目当てじ…

スタート・ライン②-1

(3) 私は、両親から大事に大事に育てられてきたという自覚がある。それは、一人娘ゆえという事もあるのだろうけれど、片道二時間がかかるという大学に進学を決めた時ですら実家通いを強制させるくらいなのだから、両親は私が東京に出て行ってしまう事が単純…

スタート・ライン①

(1) あの約束の日が、こんなに早くやってくるなんて思ってもいなかった。いや、違う。月日は、ゆっくりとだけど着実に過ぎていた。それを早いと思うか遅いと思うかは、多分自分次第であって、私はそれを早いと思ったのだ。そしてそれだけ自分も年齢を重ね…

春風に舞う桜

春なんて大嫌いだ――と唐突に可南子は思う。 どうして自分が、こんな辛い目に合わなければいけないのだろう。春風に舞う桜。温かな空気と微かに香る甘酸っぱいような植物の香り。希望に満ち溢れているはずの春。何かが始まるような期待感を膨らませてくれる春…

向こう側

私はきっと、「向こう側」に行く事は絶対に出来ない――ふと、そんな事を思う。視界の先では、純白のウエディングドレスを身に纏った会社の同僚の涼子が、晴れやかな笑顔を浮かべている。 今、涼子やその新郎が存在している場所が「向こう側」だとするならば、…

二人の距離

「ねえ」 彼女が僕を呼びかける。僕は少し自分よりも背の低い彼女を見る。 「……こういうのって、おかしいと思う」 彼女は一言そう言って、ゆっくりと僕の手から自分の手を外した。 「誰だって、嫌いではない人から触れられたらドキドキするし、それを恋愛感…

1時間13分の奇跡<2>

「サクラハルコです。佐藤の佐に、倉敷の倉で、下の名前は春の子で春子です」 目一杯の無理をして、桜子はにっこりと微笑む。先程、太郎が自己紹介をした直後のように、今度は男性メンバーが桜子の笑顔に頬を緩ませている。 「佐倉、さん……?」 その男性メン…

1時間13分の奇跡<1>

一時間十三分。 それは、彼女――春野桜子にとっては、極めて重要な時間である。 さて、その時間とは何なのか? まず、最初に考えられるのは通勤時間だが、そうではないようだ。もっとも彼女は現在大学四年生で、就職活動は上手く行っていないらしかった。その…

寒風と赤いマフラー

どうしてだろう。あたしが好きになる相手には、必ず彼女がいた。 あたしの友達で、何度説得しても絶対にダメ男しか好きになれないという子がいたけれど、あの時は理解出来ないと眉を顰めていた。だけど、今となっては何となくその気持ちも理解出来る気がする…

二人の想い(2)

「CD出したんだって? 順調じゃん」 いつものように彼らのライブが終了すると、すぐに彼女は帰ってしまう。一人になった私は、手際よく楽器の片づけをしていた城山の姿を見かけて話しかけた。 城山は私の顔を見ると露骨に顔をしかめたが、幸い無視はされな…

二人の想い

「私、彼と別れちゃったんだ」 瞬間、隣を歩いていた彼女は足を止め、微かに驚いた表情を見せる。しかしすぐに元の表情に戻り、「……そうだったんですか」とポツリと言った。 それは多分、注意深く見ていなければ気付かないような、そんな些細な変化だ。 けれ…

たった一つの願い(2)

「毒田先輩、って高崎君は知ってる?」 私はコーヒーを一口飲み、カップを置く。さっき口につけようとして止めたコーヒーカップを、彼は再度口元に運んだ。今度は飲めたようだ。喉がコクリと動いた。 「……というより、知らない人なんているのかな? この大学…

たった一つの願い(1)

「どんなに可愛いって言われても、好きな人に振り向いてもらえなかったら……こんなの、何の意味もない」 私が真剣な表情でこう言った時、皮肉な口調で友達に言い返された。 「それだけ可愛いんだから、何も不自由することなんてないじゃない。贅沢だよ」 今ま…

遠くの君へ(2)

そうして、翌年無事に大学に入学した私はと言うと、しかし音楽サークルに入る事はしなかった。私には入りたいと思っていたサークルがあったので、結局そっちのサークルに入ってしまったのだ。 それでも先輩からライブをやるという話を聞くと、私は心細い気持…

遠くの君へ

背筋をピンと伸ばしたその凛とした佇まい、その人の大きな瞳はただ一心にステージを見つめていた。 思わず目をそらしてしまう程に焦がれる存在に、惹かれる気持ちと反発しようとする葛藤がない交ぜになったかのような。その瞳には、何処か見ているものに不安…

音のない涙(2)

そうして、そんな曖昧な関係を続けながら、俺たちはとうとう4年になり、就職活動というものに苦戦しながらもそれぞれが無事に内定を決めた。 「今度さ、お互いの内定祝いでもしない?ちょっと良いところを予約してあるんだけど」 思えばそれが、俺達にとっ…

音のない涙

「分かった。そうしよう」 誰もが振り向く程に整った顔立ちをした彼女が、表情を変えることなく短くそう答えた時、俺は今起こっている現実が夢なのではないかと本気で思った。 その整った顔立ち、相反する名前……故に、大学入学と同時にあっという間にその名…

ふわり、香る(2)

桜が散り、青々とした新緑が眩しい季節になると、半々だったサークルの男女比がいつしか4:3、4:2、4:1となっていくのが分かった。 いつしか残されたのは俺の他に、真っ当な文学好きらしい男子と小説家を志しているのだろうか、いつも机に向かってペンを走…

ふわり、香る(1)

その人を見た時、俺は自分が10年もの間、物凄い勘違いをして生きてきてしまったのではないか?と思った。 10年前、19歳という若さで死んでしまった俺の姉はもしかしたら死んでなんていなかったのではないか。 いや、しかしその考えは一瞬にして吹き飛…

クリスマスの夜には(2)

何時間経っただろうか、すっかり日が傾き始めてもティッシュはまだ山のように残っている。 私は休憩もほとんど取らず、ひたすらにティッシュを配り続けていたのだけれど、ここでこうしていることに酷く惨めな気分になってきていた。 既に感覚を失った冷え切…

クリスマスの夜には

名前も知らない彼女は、何を見つめているのだろうか。 ティッシュを配っていた手をふと止めて、彼女はじっと空を見つめている。 雪? まさか。 それとも・・ クリスマスイブの都会の町並みを彩る過剰なイルミネーション。 幸せそうに腕を組んで歩くカップル…