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たった一つの願い(1)

「どんなに可愛いって言われても、好きな人に振り向いてもらえなかったら……こんなの、何の意味もない」
 私が真剣な表情でこう言った時、皮肉な口調で友達に言い返された。
「それだけ可愛いんだから、何も不自由することなんてないじゃない。贅沢だよ」
 今まで対等の立場にいると思っていた友達と、初めて距離を感じた瞬間だった。そして、その時私を見ていた友達の、まるで私を妬んでいるかのような鋭い目。その目は、私から返す言葉を奪った。
 翌日学校に行くと、クラスの女子の誰とも口を利いてもらえなくなっていた。先日、名前も知らない別のクラスの男子から告白され、私はあっさりと振っていた。その男子は、鋭い目をして私を睨んだ友達の、好きな男子だったらしい――と、風の噂で事実を知ったのはその出来事があって大分経ってからの事だった。

 人より整った顔立ちをしていること。それは、いつだって私を孤独にさせる。
だけど私は、自分が学校中で一番に可愛くて、男子にもモテるという事を自覚していた。だけど、それを自覚していることを悟られた瞬間に、多分同性との人間関係は破綻する。どんなに容姿を褒められても、「そんなことないよ」と謙遜し続けなければならなかったのに。
 けれども私は、自分の好きな人が私を好きになってくれないというのなら、こんな可愛さなんて意味がないと痛感する羽目になったのは、中学に入ってすぐに、大好きな人に彼女が出来た事を知ったからだ。だから私は、うっかりあんな発言をしてしまったのだ。
 同性にとっては、人より秀でた容姿だというだけで妬みの対象になる。どうしてあの時、私はそんな簡単な事に気付かなかったのだろう。
 その後、中学、高校と私は孤独な六年間を過ごす羽目になった。いじめられていた訳ではない。けれども絶妙な女子達のネットワークによって、私の地位は急速に下落していったのだ。
 仲が良いと思っていた友達は掌を返したように私を避け、それに便乗したクラスの女子達からも存在を無視される。最初はいちいち気にしていた私だったけれど、元々我が強い性格を隠していただけだ。いっそ開き直ってしまえと、まるで自らの意思で一人でいることを選んでいるのだ、というように振舞った。
 結果、高校に入っても同じ中学だった女子から瞬く間に私の噂を広められ、より一層孤独感は増した。
 それでもそんな私に、馬鹿な男子達が我先にと群がってきた。その事が、女子からの反感を買う原因の一つになっていた事は、言うまでもないというのに。


 春風に桜が舞い散る四月
大学のキャンパスに足を踏み入れた瞬間、ようやくここまで辿り着いたのだとしみじみと思った。
ずっと追いかけ続けてきた修君――私の幼馴染で、片思いの相手だ――が通う大学に、私は猛勉強して、今こうして入学することが出来たのだ。
 思えば、こうして同じ学校に通うのは、小学校以来のことだ。
私が大学一年生の十八歳、修君は四年生の二十一歳だから中学・高校では修君の卒業後に私が入学するという形になってしまうのが、寂しくて仕方がなかった。
 家は近所だったが、大学生になった修君が一人暮らしを始めた事で、姿を見かけることすらなくなってしまった。
 会いたくて、大人になった私を見て欲しくて、私はようやくここまでやってきたのだ。

 修君は、昔から勉強も運動も出来て皆から信頼されていた。私が中学生の時、高校に入学した修君が、時々綺麗な女の人と歩いているのを見かけることがあった。
内心では悔しさと、たった三歳という縮まらない歳の差が悲しくて仕方がなかったのだけれど、どうしようもない。私は既に何度も何度も、彼から振られていたのだから。
初めて告白したのは、私が小学校低学年の時だろうか。当時から自分の可愛さを自覚していた私は「大きくなったら、修くんのお嫁さんにしてくれる?」と無邪気に聞いた。
しかしその答えは「美琴が大きくなったらな」というものだった。その言葉を信じ、今度は高学年になった時に「修君の彼女になりたいな」と甘えた声で言って見たが、「中学生になったらな」とやんわりと交わされた。それでもめげずに真新しいセーラー服を着た私は、「中学生になったから付き合ってくれる?」と言いに行こうとした時には、彼の隣には綺麗な女の人がいた――
そう、小さい頃から何度も何度も、私は修君に告白というものをし続けてきたのだ。
 私達は、どうしたって幼馴染で、兄と妹のような存在であることは変えようがない事実だ。それならば、妹のような存在としてでも傍にいられるのならいいと思った。
 幸い、修君は誰かと付き合っても長続きがしないようだった。それも私にとっては救いになっていた。だからこそ偏差値の高いこの大学に努力して入学できたのだから、私には何だって出来るのだと思っていた。
 けれど、現実はそんな風に上手くいったりしないものだ。

「おい、見ろよ。あの人、ずげー美人だよな」
 大学に入学して間もない四月。『ブスだけど美人』な先輩の噂は、一年である私の耳にまで既に届いていた。
一体どんな人なんだろう? という疑問は、すぐに解決することになった。
 ピンと伸ばした背筋、栗色の長いストレートの髪、ふわりと漂う甘い香り、色白の肌に細く長い手足、ほんのりと色づく桃色の頬――ああ、この人に間違いないと私は確信した。
「ああ、毒田先輩だろ? いいよなー。あんな人が彼女だったら、俺はかなり自慢するなー」
 名前も知らない男子学生の会話に、私は自然に見えるように注意しながら耳を傾けた。
「お前なんて、一生無理だって。それに、先輩には付き合ってる人いるじゃねえか。もしかしてお前、知らなかったのか?」
 大袈裟にも思える手振りで無理と言っているその男の子の言葉に、顔をしかめながら相手の男の子は聞いた。
「うっそ! マジ? 誰と付き合ってるんだよ?」
 そしてその名前を聞いて、私は心臓が飛び上がる程にびっくりしてしまったのだ。
「ああ、昭島先輩だよ、昭島修一先輩。だから、お前なんて出る幕ねえんだよ」
「マジかよー! 昭島先輩じゃ、仕方ねえよなー。ああ、人生なんてそんなもんだよな」
 悲観する男の子と、それを慰めるように肩をポンポンと叩いている男の子。
私はそんな彼らの様子を見ながら、目の前が暗くなっていくのを感じていた。
 ――嘘でしょう? 修君の彼女が、まさかあの人だなんて。

授業を終え、私は大きなため息をつく。
立ち上がり、教室を後にしていく人の波に逆らうように、私は少しの間その場でぼんやりと座って考え事をしていた。
「木戸さん? どうしたの? ぼんやりして。もう授業終わってるけど」
「え? あ、うん。そうだね」
 時々、教室で見かける顔だなという程度の男の子。背が高く、男の子とは思えない程に整った顔立ちをしている。気取ってない、好青年風だ。……誰だっけ? 
記憶の中を必死に探ってみるが、どうしても名前が思い出せない。
そんな私の表情に気付いたのか、相手が名乗った。
「俺、高崎っていうんだけど。木戸さんの事、初めて見た時から話してみたいって思ってたんだよね」
 その言葉を聞いた瞬間、頭の中で警報が鳴り出す。この人は、多分私に気があるんじゃないだろうか?
これまでの経験から、私は即座に目の前の好青年風の男子に、警戒心を抱いた。
「あ、私、生協で買うものあったんだった!」
 そそくさと立ち上がり、目の前にいる綺麗な顔立ちの男子を避けるようにその場を後にしようとすると、私の腕はその彼に掴まれてしまう。
「木戸さん、ちょっと待って。俺は本当に木戸さんと話してみたかっただけなんだ」
 私はゆっくりと後ろを振り返り、彼の顔を見つめる。
その表情は、思わず見とれてしまうほどに綺麗だった。

「木戸さんって、昔からかなりもててたでしょう?」
 沢山の学生たちで賑わう学内のカフェで、私たちはコーヒーを飲んでいる。猫舌なのか、一度カップに口をつけた彼は、その綺麗な顔をしかめてみせると、手にしていたカップをソーサーに戻してしまった。
「そういう高崎君だって、そうでしょう?」
 私は、なるべく本性を出さないように優雅な仕草でミルクをたっぷりと入れたコーヒーのカップを持ち、笑って言い返した。
「……まあ、否定はしないけど」
 高崎君は苦笑し、再びカップを口につけたのだが、まだ熱かったらしい。結局飲まずに再びカップをソーサーに戻してしまう。
「俺は昔からこの顔だからさ、色々苦労もあったんだよね。良い事もあったけど、色々嫌な事も沢山あった。だから、木戸さんを見た時に、何ていうか……同じものを感じたっていうか、話してみたいなって思ったんだよね」
「同じ、もの?」
「うん、同じもの。例えば、ここに入学してから、木戸さんに告白しては玉砕している輩が沢山いるらしいのを耳にしているけど、木戸さんは誰一人として告白を受けていないよね。それには、何か理由があるのかなって思ったんだよ」
「理由?」
 私は、綺麗な顔の高崎君を見つめ返した。
「例えば――自分はとても好きだけど、絶対に振り向いてもらえない相手がいる、とかさ」
 その、あまりにも的を得た言葉に私は息を呑む。その僅かに変化した表情に気付いたのだろう、高崎君は笑った。
「図星? じゃあ俺と一緒だ。俺もいるんだ、そういう相手が。だから、俺たちは似たもの同士かもしれない」
 私は、つられて笑った。
不思議な男の子だ。だけど初めて、恋愛感情抜きで付き合える男の子の友達が出来そうだと思ったのだ。考えただけで、とても嬉しくなる。


(2)に続く