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寒風と赤いマフラー

 どうしてだろう。あたしが好きになる相手には、必ず彼女がいた。
あたしの友達で、何度説得しても絶対にダメ男しか好きになれないという子がいたけれど、あの時は理解出来ないと眉を顰めていた。だけど、今となっては何となくその気持ちも理解出来る気がする。
「ちょっと待って? 昭島、前に聞いた時は彼女いるって言わなかったよね?」
 混乱したあたしは、その疑問を素直に相手にぶつけてみる。
「いや、いないとは言ってなかっただろ?」
 ――何だよそれ。

 話は、数年前に遡る。
あたしと昭島が出会ったのは、とあるチェーン店の居酒屋でバイトを始めた事がきっかけだった。大学に入学し、さて何のバイトをしようかと決めかねていた所で、たまたまサークルの新歓コンパの会場になっていたその居酒屋で、あたしは昭島に一目惚れしてしまったのだ。
 断じて、惚れっぽい性質ではない。だけど、昭島は特別だった。オーダーした食べ物を運んできた彼を見た瞬間――本気で電流が走ったみたいな気がした。
 割に整った顔立ち、そして頭の良さそうな外見を裏切る事なく、あの有名大学に通っているという事を後から知って、ますますあたしは昭島が好きになってしまった。あたしは――頭が良い男に弱い。それだけは認める。
 あたしはその日のうちに、バイトを募集していないかという事を確かめて、すぐに面接へとこぎつけた。我ながらその行動の早さには関心してしまったのだけど。
「昭島君って、彼女いるの?」
 初対面でも物怖じしないあたしは、ストレートに聞いた。あれは確か、大学一年生の時だっただろうか。
「……彼女? 彼女、なのかな……いや、彼女とは言えないか……」
 歯切れの悪い、曖昧な返事。あたしは一目惚れをしてしまった相手と、同じバイト先で働けるという事実にただただ舞い上がっていたし、この曖昧な返事は彼女がいないようには見えない彼なりの、遠慮というか、謙遜なのだと何故か早合点した。あたしの中で、彼は特別であって、今までとは絶対違うのだと思い込んでいたのだ。
 あたしは何故か昔から、好きになった相手が彼女持ちである事に、好きになってしまった後に気づくという状況に陥る事が多かった。何故なのだろう、いつだって、彼女がいる相手ばかりを好きになってしまう。
 相手から奪おうなんていう気持ちは更々ないし、あたしはただ普通に幸せになりたいと思っているだけなのに。だけどやっぱり――運命というやつは、どうしてこんなに残酷なんだろう。

「だってあの時、凄く曖昧な言い方してたよね? てっきりいないものかと思っちゃったじゃん!」
 現在――大学四年生。就活全敗中のあたしと、内定が決まったという昭島。ならばあの三年の間に、彼女が出来たという事なのか? あたしが一番昭島の近くにいる女だと思っていたのに。……勝手に思っていただけと言えば、それまでだけど。
「いや、あの時から形だけは付き合ってたんだけど、これからはちゃんとした付き合いをする事になったんだよ。まあ色々事情があって」
 さっきまで困ったような顔をしていたくせに、少しだけ照れくさそうにしているその仕草が痛い。――そんな顔しないでよ。
「……ふうん。そうなんだ」
 目を伏せる。目の前にいる昭島が眩し過ぎて見ていられない。
「あと俺、内定決まったし、バイト辞める事になった。春からは営業マンとしてバリバリ働く予定」
 多分、満面の笑みを浮かべているのだろう。声の調子はいつにもまして明るくて、そして――どうしようもない程の距離を感じた。
「……そう、なんだ。へえ。おめでとう」
 心のこもらない、淡々とした声が出た。自分でも驚く程に、冷たい声だった、と思う。
「何だよ、久々に会うのに冷たいな。じゃあ俺、他の皆にも挨拶してくるから。じゃあな」
 気を悪くしたのだろう、昭島が素っ気無い口調で言い、その場を離れてしまった。
 行ってしまう――あたしの元から、彼は去って行く。入ったばかりのあたしに、丁寧に教えてくれたのは紛れもなく昭島だった。バイトの後に、さりげなくコーヒーを差し入れしてくれたのも、彼だった。馬鹿みたいに二人で笑いあって――だけど。勘違いしていたのは、あたしだけだったのだ。
 このまま、好きだと言わずに諦めるのか? また、今までと同じように、好きになった相手に彼女がいるというだけで、あたしはその恋を捨てるのか? こんなにも好きな相手なのに。相手に、あたしが想い募らせてきた気持ちを知られる事なく――もうこのまま、会えなくなるのに?
「それじゃ、お元気で」
 他のバイト仲間達にも一通り挨拶を終えたらしい昭島が、去って行こうとしている。あたしは、多分このまま大学を卒業しても、バイト生活は変わらないのだろう。就職も決まらず、将来の目標もなく、ただぼんやりとした日々を過ごしていくのだろう。そして好きな人に、想いを伝えられなかった後悔を抱えて――
「……昭島!」
 慌てて、昭島を追いかける。外に出ると――冷気が突き刺さって、痛い。
「……どうした?」
 彼が振り返る。その隣に、綺麗な女の子が立っていた――瞬間悟った。この子は、昭島の彼女だと。
栗色のストレートヘアー、色白で長身で細身の彼女。思わず見惚れてしまう程に大きな瞳が、戸惑ったようにあたしに向けられている。真っ赤なマフラーが、とてもよく似合っていた。――適わない。適いっこない。
「今まで……ありがとう。就職しても、頑張ってね」
 それだけ言って、無理に微笑む。
「ああ。ありがとな。元気で」
 昭島が笑う。あたしは、張り付いたような笑顔のまま、頷いた。
二人があたしの前から去って行く。早く、早く行ってしまえ。そうしたらあたしは、人の目なんか気にしないで大声で泣いてやるんだ。

 二人の姿が、雑踏に消えて見えなくなってから、あたしはぼろぼろと大粒の涙を流した。涙で滲む視界に、何かがこちらに向かってくる事に気が付いた。だけど、止まらない涙が邪魔をして、何かの正体は分からない。
「あの、これ」
 冷やりとする、白く細い手が触れた。あたしの手に、ハンカチを握らせるようにしたのは――さっきの、あの綺麗な彼女だった。
「使って下さい。それと、風邪引かないように……外は寒いから」
 ふわりと襟元が暖かさに包まれた。止まらない涙とぼやけた視界でも、彼女の整った顔立ちや雰囲気は充分過ぎる程伝わってきた。彼女がさっきまで自分の首に巻いていた真っ赤なマフラー。それが、今はあたしの首に巻かれている。
「でも……」
 嗚咽混じりの声をようやく呟いて、問いかける。
「いいんです。使って下さい」
 それじゃあ、と言って彼女は小走りで去っていく。ブーツのカツカツという足音がすぐに聞こえなくなった。
 もしかしたら――彼女は、あたしが昭島を好きだったという事に気付いたのかもしれない。適わないな、やっぱり、あの彼女には適わない。
 寒風が吹き付ける。あたしは、マフラーをきゅっときつく結び直した。


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季節外れな話ですねえ。

テンション低いので、ハッピーエンドは描けませんでした・・。そして短いし内容が無い感じですいません。