何時間経っただろうか、すっかり日が傾き始めてもティッシュはまだ山のように残っている。
私は休憩もほとんど取らず、ひたすらにティッシュを配り続けていたのだけれど、ここでこうしていることに酷く惨めな気分になってきていた。
既に感覚を失った冷え切った手は、血の気を失っている。
傾き始めた太陽は、容赦なく私の体を冷やす。
しかも、何故か私の隣ではひたすらに喋り続ける大嫌いな男がいて、何故クリスマスイブという日にこんなことをしているんだろう・・と絶望的な気分になってきていた。
「どうしたのどうしたの~?弓削ちゃん、元気ないじゃん。ほら、朝から比べたら大分減ってきたじゃん。もう少し頑張ろうぜ、な」
確かに・・朝渡されたティッシュの量からは、減ったかもしれない。
けれども、反対側に立っている名前も知らない彼女はあらかたティッシュを配り終えようとしているのだ。
何なのだ、この劣等感は。
私が何か悪いことでもしたというのか。
そもそも、なんでこんな男に励まされながらやらなくちゃいけないのだ。
来てくれなんて頼んだ覚えもないし、いてくれなんて私は言った覚えもない。
そう考えると、ふつふつと行き場のない怒りが私の気持ちをとうとう爆発させた。
「・・・あんたさ、さっきから何なの?!誰があんたに来て欲しいなんて言ったのよ!私は今バイトしてるの!あんたに構ってる暇なんてないの!目障りだから早くどっか行ってよ!あんたなんて大嫌いよ!」
私は周囲の人間が驚きで私と沢谷を交互に見ているのを感じながらも、怒鳴り散らしてしまった。
言った後、沢谷が酷く悲しそうな顔をして無言でその場を後にしたとき、一気に後ろめたさだとか後悔が押し寄せてくるのを感じた。
気まずくなって思わず反射的に名前も知らない彼女のほうに目を向けると、思わず視線がかちあって、私は驚いてすぐに目をそらしてしまった。
「あの、良かったら・・これ、使って下さい。」
何事もなかったかのように、再びティッシュ配りを再開していると、目の前に赤と白のサンタの衣装が飛び込んできた。
驚いて私は顔をあげる。
すらりと長い手足を持った美少女は、目の前に並んで立ってみるとやはり長身で、私は彼女と目を合わせるために見上げなければいけないほどだった。
彼女の白い手に、ほっかいろが握られている。
私は少し気まずくなって「あ、ありがとう」とどもりながらお礼を言って、それを受け取る。
彼女はにこりと笑って、再び反対側の先ほどまでの定位置に戻っていた。
多分、彼女はそろそろティッシュを配り終えるだろう。
私は照れくささを覚えながら、ほっかいろの封を開ける。
少しずつ温かくなってきたそれを両手に握り締めるように持ちながら、さっきはちょっと言い過ぎたな・・とようやく素直に思う事が出来た。
私はほんの少し温まった気がする手で、再びティッシュを掴み、今度はなるべく自然な笑顔でティッシュを配ってみた。
ただそれだけなのに、さっきよりティッシュの減りが早い気がした。
そうして次第に日が暮れていく中、再び反対側にいる名前も知らない彼女を見ると、彼女は空を見ているのか、真っ直ぐ大きな瞳で上を見据えていた。
その姿は、何処か芯の強さのようなものを感じながらも、何処か儚くて、幻を見ているみたいにも見えた。
薄暗くなってきた街の風景に、過剰なイルミネーションがキラキラと輝いている。
私はラストスパートをかけるかのように、ティッシュ配りを続け、そうして夜がどっぷりと更けた頃、ようやくノルマを達成したのだった。
日給を受け取ってから、すっかり冷え切った体とかじかんだ手をどうすることも出来ず、私はとりあえず店の中に入ろうと歩き出した。
「弓削ちゃん!」
背後から、聞きなれた声がして私は振り返る。
「・・沢谷。」
私は少し気まずくなって目線をそらした。
「これ、やるよ。クリスマスプレゼント」
私のそんな態度を気にもせず、沢谷は綺麗にラッピングされた包みを手渡してきた。
私は躊躇いつつもそれを受け取り、中身を開けた。
・・そこには、温かさそうな手袋が入っていた。
「手、冷えきってるだろうなって思って。つけたら?」
沢谷のいつもとは違う優しげな物言いに、少し戸惑いながら私はそれを両手にはめた。
「・・・あったかい」
素直に漏れた呟きに、目の前に立つ沢谷は目を細めて笑う。
「お礼は、美味しいご飯で良いよ。あと、めちゃくちゃ甘いケーキも」
普段なら、蹴り飛ばしてやろうと思う図々しい言葉だったけれど、私は渋々という感じで言ってやる。
「いいよ。けど、後で倍にして返してよね」
そうして、にっと笑った。
かじかんでいた手は、手袋の中で少しずつ温もりを取り戻し始めていた。
コートのポケットには、まだ生暖かいホッカイロも入っている。
そうして私は、こんなクリスマスも悪くないかも、なんてほんの少しだけ思ったりしてみる。
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すいません、ネタがまとまらないまま書いたらぐだぐだに。
しかも字数多くて二つに分かれてしまった・・
何か微妙な終わり方だなあ。