No-music.No-life

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音のない涙(2)

そうして、そんな曖昧な関係を続けながら、俺たちはとうとう4年になり、就職活動というものに苦戦しながらもそれぞれが無事に内定を決めた。

「今度さ、お互いの内定祝いでもしない?ちょっと良いところを予約してあるんだけど」

思えばそれが、俺達にとっての初めての学校の外でのデートであった。
よく俺は今までデートらしいデートをしないで耐えることが出来たな、と自分でも関心してしまうのだが、就職活動やら日々のレポートやバイトに追われる毎日は、何だかんだと忙しく、気を紛らわせるには充分だったせいもあるのかもしれない。

「本当に?嬉しい。美味しいものが食べられるね」

彼女は微笑み、そうして俺たちは初めての本格的なデートをすることになったのだ。


スーツにネクタイ、革靴という正装をした自分と、淡いピンク色のドレスに身を包んだ彼女は、まるで今日プロポーズでもするのではないかと思われるような雰囲気を醸し出していて、どちらかともなく静かに微笑みあった。

こうしている限り、まるきり普通のカップルにしか見えないだろう。
俺自身も、目の前にいる完璧な彼女は本当の「彼女」なのではないか?と錯覚しそうになる。

透明なワイングラスに、真っ赤なワインが注がれる。
目の前には美味しそうな料理が並ぶ。

完璧なシュチュエーション。

「内定、おめでとう」

俺はグラスを取り、彼女に向かってグラスをくいと傾けた。
彼女も同じ動作をして、口元にグラスを運ぶ。

そうして、俺がワインを口に含んでグラスを置いた時、目の前の彼女が突然静かに涙を流しているのに気付いた。

彼女は声も出さずに、ただほろほろと涙をこぼしていた。
それは、音のない涙だった。
下手をしたら、誰にも気付かれない程、ひっそりと彼女は泣いていた。

俺は訳が分からず、かけるべき言葉が見つからない。
料理を運んできた店員が、彼女が泣いているのに気付いて驚いた表情で俺たちを交互に見ているのが分かったけれど、俺はとにかく何ていって良いのか分からず、ただ彼女の涙が止まるのを待つことしか出来なかった。


そうして、15分くらい経った頃だろうか。
ようやく彼女は涙を止めて、何事もなかったかのように目の前の料理に手を伸ばした。

俺は何も言わず、冷めてしまったスープを口に運ぶ。

美味しいと評判のその料理が、結局美味しかったのかすらも分からないまま俺たちはその店を後にした。


時計を見ると、間もなく11時になるところだった。
今まで付き合っていた彼女とならば、次の店に行くかお互いの家に行くかのどちらかの流れが普通だったが、何しろ相手は「彼女」ではない。
このまま解散するのが妥当だろう。

そう思い、先ほどの涙の理由も尋ねることが出来ないまま、何となく駅までの道のりを歩く。

すっかり肌寒くなりつつある秋の気配が、静かに俺たちを包む。

やがて駅が近づいてきて、俺達はそこで「じゃあな」と言って別れる……はずだった。

しかし、彼女はそっと俺の袖を引っ張り呟いたのだ。

「昭島君は、どうしても叶わない相手を好きになってしまったらどうする?」

振り返ると、いつもは真っ直ぐに相手の視線を見詰め返してくるその大きな瞳は目の前にはなく、変わりに俯いて表情を隠すようにしている彼女の姿があった。

彼女は肩を震わせていた。
もしかしたら、また泣いているのかもしれない。
俺はそっと彼女の手を握り、彼女もそれに抗うことはしなかった。

俺達はゆっくりとした足取りで駅の改札を抜け電車に乗り、彼女が何も言わなかったので俺は自分の家まで彼女を連れて行った。

そうして家に着いても彼女は何も言わず、ただ涙を流し続けながら家の中に足を踏み入れたのだった。


「適当に座ってて」

俺は牛乳を温めてホットミルクを作った。
静かに泣き続けている彼女を落ち着かせようと、彼女にホットミルクの入ったマグカップを手渡す。

鼻をすすりあげた彼女が、ホットミルクを口にすると少し落ち着いたのかようやく涙を止め、「ごめんね」とポツリと呟いた。

「何で、別に悪いことしてないだろ」

俺は自分用にと作ったコーヒーを一口啜りながら、何気なさを装って言った。

「……私ね。好きな人がいるんだ」


何となくさ迷わせていた目線を、再び彼女に向ける。

「昨日、その人に会った。それで、私は今付き合っている人がいるんだって言った」

彼女は両手でマグカップを抱えながら、中に入っているホットミルクを見つめているようだった。


「ずっと、好きだった。けど、私はその人とは釣り合わない。その人はこれから、多分どんどん遠くに行ってしまう。私なんかには手が届かないところに行ってしまう。そう思ったら、私は気持ちを伝えることが出来なかった。だから、私には今付き合っている人がいるんだって、それだけ言ってきた」

彼女はそこまで言うと、ほうっと静かに息を吐き、再びホットミルクに口をつけた。

俺は内心かなり動揺していたのだけれど、彼女が一体何を言いたいのかを掴みあぐねていた。

「私ね、中学の頃まで物凄い外見をしていたんだよね。髪の毛は凄い癖毛で、鳥の巣みたいだったし、猫背で瓶底みたいな眼鏡をかけて。今とはまるで別人だった。その頃からずっとその人が好きだったけれど、その人に私は嫌われてた。それが凄く辛くて、悲しくて、変わろうって思った。誰からも好かれるような、完璧な人間になろうって思った。」

「……うん」

静かに相槌を打つ。
こうして本音をさらけ出している彼女を見るのは、ほとんど始めてのことだった。
だからこうして、彼女の話す一語一句を逃すまいと俺は真剣に彼女の言葉に耳を傾けた。

「けど、皆から信頼されて、常に周りに人がいるような環境に変わっていったら、本当の自分を見せるのが怖くなった。時々本当に信頼できる人となら、怖がらず自分をさらけ出すことが出来た。けど、本当の自分を見せたら、また嫌われるんじゃないかって、怖くて。だから、そんな私に興味を持ってくれたっていう昭島君の提案には凄くびっくりしたけど、嫌じゃないって思った。もしかしたら、好きになれるかもって思った。だから……好きな人に会って、区切りをつけたいと思ったんだ。私には付き合っている人がいるんだって、そう言ってきっぱりあきらめようって思ったんだ……でも」

彼女は目の前の俺の目をはっきりと見つめた。

「私は本当に、これで良かったんだろうか?って思う。正直、あれで良かったのかが分からない」


それから少し、彼女からの言葉を待ったが、彼女はそれ以上語ることはなかったので俺はほうっと息を吐き、言った。


「俺は、今こうして毒田さんが本音をさらけ出してくれたことが、何より嬉しいよ。今まで形だけの付き合いを続けてきて、いつも本心を見せてくれていないなと思ってたから。だから、それが良かったのか悪かったのかは俺にも分からないけどさ。確かに一歩前に進んだんじゃないの?少なくとも、俺達の関係が少し変わるくらいにはさ」


確かな決意で、ずっと想いを寄せていた相手に別れを告げた彼女。
その真意は分からない。
けれど、確かに今目の前にいる彼女は本音をさらしてくれたのだ。

「だからさ、俺達、本気で付き合わないか?もう、形だけっていうのはやめて。本音でぶつかれるような関係にならないか?というか、もういい加減学校以外でデートがないとか耐えられないから、俺」


最後は少し自虐的に言って、俺は少し笑った。
再び泣き出しそうになっていた彼女は、やっぱり静かに大きな瞳に涙を浮かべながら、微笑んでいた。


俺は彼女の頭をポンと叩き、「もういい加減泣き止めよな」とか軽口を叩きながらも幸福な気持ちに包まれる。

彼女は「ありがとう」と呟き、今度はごめんじゃなくてありがとうなんだ、という事実にまた嬉しくなって、俺は思わず彼女をきつく抱きしめたりした。



それから彼女とは社会人になっても何年か(真っ当な恋人同士の)付き合いは続いたが、何となくお互いが離れ時だという気持ちを敏感に感じ取ったのか、俺たちは別れた。


すっかり体に馴染んだ営業用のスーツを身につけながら、駅へと急ぐその雑踏の中でふいに懐かしいメロディが耳に飛び込んできた。

駅前のビルに入っている外資系のレコードショップの街頭テレビから流れていたのは、以前に彼女が聴いていた音楽と同じものだった。

すっかり有名アーティストとなった彼女の知り合いだったというあのバンドが、最近ベストアルバムを出したのだ。
そのベストアルバムの売上も好調らしく、そのアルバムチャートが流れているようだった。


あの時彼女が珍しく動揺していたこと。
どんどん遠くに行ってしまう「彼」のこと。
いつも聴かないような音楽を聴き、それを褒めた俺に極上の笑顔を見せた彼女。

彼女は今頃、どんな気持ちで「彼」を見ているのだろうか。


俺はしばらく街頭テレビの画面を見つめていたが、次のアーティストの映像に切り替わったのをきっかけに、再び駅へと向かって歩きだした。

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これは有川さんに影響された訳じゃないです!断じて!

極甘で痒い!痒いよ!笑

キモイなあ、こういうの書いちゃう自分(笑)

そして、少しずつ明らかになる毒田さんの好きな人。
今後に期待・・なんてする人いませんね。

読んでくれた方、ありがとうございます。