No-music.No-life

ヤフーblogから移行しました。

存在は、遠く。<2>

知人や家族しか来てくれなかったライブは、いつしか少しずつ観客を増やしていく。
本格的にレコーディングをして、デモ音源をレコード会社に送ってみたりもした。
流石にそんなに簡単に上手くはいかなかったけれど、私たちのバンドは上手く行っていた。
・・はずだった。

「皆に話があるんだけど」

とある日のことだ。
各々が、練習していた手を止めて円谷を見る。

「何だよ、かしこまって」

坂上さんがいつものように、ほがらかに笑って言う。
円谷は真剣な眼差しで続ける。

「この前応募した、デモのことなんだけど」

いつになく真剣な円谷に、何かを感じ取ったのだろう。
メンバー全員が黙って円谷の言葉を待つ。

インディーズ盤として、CD出してみないか?って誘われてるんだけど。皆はどうしたい?」

その頃になると、彼らは大学三年になっていて、就職活動というものが始まっていた。
このメンバーの中で、唯一早々と就職が決まったのが城山さんで、他の3人に至っては、まだ内定が決まっていない状態なのだ。

「それって、真っ当な社会人になるか、それとも夢を追いかけて成功する方にかけてみるか、ってことだよな」

牧田さんが同じく真剣な表情で言う。

「ああ。CDが出せたからって、売れるとは限らない。ほんの数枚のCDを出しただけで消えていく可能性だって、充分ある。皆に比べたら俺はまだまだベースも上手くないし、皆の意見を聞きたい。皆はどうしたい?」

すぐに口を開いたのは、城山さんだった。

「俺は、はっきり言って就職先も決まってるし、元々バンドは趣味でやっていただけだからな。メジャーデビューできるかどうかも分からないのに、安易にその道は選べない。ただ、サークルで活動する限りでは、俺は続けたい。けど、CDうんぬんという話になったら、俺は降りるよ」

そう言って、先程まで弾いていたギターをケースにしまい始める。

「そうか。他の皆は?」

牧田さんも、坂上さんも少しの間黙っていたのだけれど、「もう少し考えさえてくれ」と言ったきり、その場を後にした。

「・・お前は?バンドに誘ったのは、俺たちだし・・まだ卒業まで二年あるからな。ゆっくり考えろよ」

そうして、くしゃくしゃっと私の髪に手をやって、静かに円谷はその場を後にした。


私は・・何のためにバンドをやっているのか?
デビューしたいから?有名になりたいから?単に楽しいから?演奏するのが楽しいから?
それとも・・

その時、ようやく私は気付いたのだ。
今までずっと抱えてきたもやもやとした気持ちの正体を。
バンドのメンバーとして、活動を始めるきっかけとなった気持ちを。


数週間後、私たちはもう一度集まって先日の結論を出し合った。

城山さんは、意見は変わらず社会人として歩む道を選んだ。
そして、他の三人は夢を追い続けてみたいと言った。

「お前は?」

円谷が優しく尋ねる。
そして、今まで共にしてきたメンバーが私を優しい眼差しで見つめる。
私はたまらなくなって、一瞬涙がこぼれそうになった。それでも言ったのだ。

「私は・・バンドを辞める。」

そして、しっかりとメンバー4人の顔を見つめて言い切った。

「好きになっちゃったから。円谷のことを。バンド内恋愛禁止の規則を、破っちゃったから。だから、辞めます。」

皆が、はっとした顔をする。
それでも、誰もその言葉をバカになんてしなかった。

「・・私は、皆と一緒に活動できてとても、とても楽しかった。だから、このバンドが有名になって、皆が私の事を忘れてしまったとしても・・私はずっと、応援し続けていきます。大好きだから、このバンドが」

私は静かに立ち上がり、深く一礼をする。

皆は何も言わなかった。
それでも、私は達成感で一杯になっていた。


それからは、彼らが大学在学中にインディーズ盤として音源が発表され、一躍大学内に広く知られることになっていく。
そして、大学卒業後、正式に城山さんが脱退した後、ギターメンバー、そして新たにキーボードメンバーが加わった形で、彼らは何枚かのCDを出した後、ようやくメジャーデビューが決まったのだ。

彼らの活躍を、どんな小さい記事でも逃すまいと集めてきたスクラップ帳は、もうすぐ5冊目になる。

私は再び、インタビュー記事を読み進める。

最後の円谷のメッセージには、こう書いてある。


最後に、メジャーデビューシングルの発売が決定したわけですが、何かファンの皆さんに伝えたいことはありますか?

『・・俺たちがここまで来れたのは、脱退してしまったメンバーたちがあってこそだと思ってます。俺たちはずっと、彼らのことは忘れないし、彼らにもそれぞれの生活の中で頑張っていって欲しいって思っています。もしかしたら、このシングルがバカ売れして俺たちがかなり有名になったとしても(笑)絶対に忘れない。それだけは、覚えておいて欲しいですね。』

ありがとうございました(了)


私は、静かに雑誌を閉じる。

遠く、遠くの存在になってしまった彼。
それでも・・私達は、きっと何処かで繋がっている。