No-music.No-life

ヤフーblogから移行しました。

存在は、遠く。<1>

『恋愛?そうですね、しいて言うなら・・中学の時の同級生に、ずっと片思いしてましたね(笑)
その子、高校に入ってから急に綺麗になって。綺麗って一言で片付けられないくらい、はい(こちらに頷きかけながら)高校は別だったんですけど、俺らの学校にまでファンがいるみたいな比でしたからね(笑)
告白?いや、全然。俺、嫌われてましたから(笑)』


新人アーティストとしては、異例の巻頭10Pにも及ぶインタビュー記事。
一番近くにいたはずの彼らは、今や私の一番遠い存在だ。

私が大好きだった彼、円谷のバンドは、いつしか期待の新人アーティストとして世間に広く知られるようになっていた。


出会いは、大学1年生の春。
サークル勧誘の物凄い勢いに圧されながら、ふと彼らの音楽サークルのバンド演奏を見て私は一瞬にして彼らの虜になってしまったのだ。

私は、どのサークルにも興味を持てず入るつもりなんてなかったのだけれど、その瞬間その音楽サークルに入ることを決め、早速サークルの門を叩いた。
簡単な面接のようなものがあり、私は椅子に座らされ緊張した面持ちで質問を受ける。

「楽器は?何が出来る?」

実を言うと、私はエレクトーンをずっと習っていたからもしかしたら鍵盤楽器の類なら出来たのかもしれなかった。でも、バンド形態でやったことなど一度もなかったので、

「出来ません・・。でも、マネージャーっていうか、サポートっていうか、そういう意味でならお役に立てると思うんです」

なんて、最もな言い訳をしてすんなりと彼らの仲間に加わる事が出来たのだ。

メンバーは、4人。
ボーカルの牧田さん(顔も良くて歌も上手いし、ギターも上手い)、ドラムの坂上さん(体格の良い力強いドラムを叩く人。人柄も素晴らしい)、ギターの城山さん(寡黙)、そして、牧田さん程ではないのだけれど、整った顔立ちをしたベースでリーダーの円谷。

円谷を含めて、皆が先輩だったのだけれど、私は4月2日生まれなので「大して歳も変わらないんだから、いいよ、タメ口で」といわれたこともあって、呼び捨てにしていたりする。
それでも、誕生日のあまり変わらない円谷以外にはどうしても呼び捨てが出来ず、さん付けなのに、タメ口という変な気を遣い続けていたのだけれど。

円谷以外は、中学の頃からバンド活動をしていた人たちで、はっきり言って円谷はあまりベースが上手くなかった。
それでも、リーダーを任されているのは一重に彼の人柄が理由だったのではないか?と思う。
それに、皆の足を引っ張りたくはないと、必死で練習している姿も私はずっと見ていたのだから。

そして、私がこのサークルに入って一ヶ月。
とある5月のことだった。

円谷の様子がおかしいのだ。
5月病?と思ってしまうほど、目はうつろ、何処かぼうっとして、塞ぎがちになっていた。

「円谷、どうしたの?何かあったの?」

私は興味本位と心配からそう尋ねると、牧田さんは笑って言ったのだ。

「恋だよ、恋。何でも、高校のときからずっと好きだった子を、偶然見かけたんだってさ。それで、忘れかけていた想いが復活しちゃったわけだ」

私は、少しだけ胸が痛むのが分かった。
この痛みが何なのかなんて分からなかったけれど、私はある提案をしたのだ。

「それじゃあ、今度のライブにその人を呼べばいいじゃないですか。かっこ良い所を見せるチャンスですよ」

私は、嫉妬していたのかもしれない。
あの普段は明るく盛り上げ役な先輩を、ここまで腑抜けにしてしまうほどに凄い人なのだとすれば、見てみたいと思うのが普通ではないか。

何とか円谷は、その人と繋がりのある友達に連絡を取り、ライブに来てくれるという約束を取り付けてもらったらしい。
とにかくその日から、必死の練習が始まったのだ。


「これって、弾いても良いんですか?設置がよく分からないんですけど」

連日のバンド練習で、特にサポートすることといえばライブ会場の確保とか、チケットをさばくとか、そういったことばかりだったので、私は手持ち無沙汰にサークルの一教室の隅に埃を被っていたキーボードに目を留めた。

私はその時、ただ何となくやることもなかったので、久しぶりにお遊びで弾いてみるかと思っただけだったのだ。

大学受験を機に、辞めてしまったレッスン。
現役から1年ちょっと離れてはいたが、それでも指はちゃんと覚えていた。

なめらかにレッスンで習った曲を弾いていると、いつしか周囲の音がぴたりとやんでいるのに気付いた。

「え?何?どうしたの?うるさかった?」

私は慌てて鍵盤から指を離し、皆に問いかける。

「いや・・違う。」

坂上さんは、いつもの笑顔から真顔になって否定する。

「お前さ・・俺らと一緒に、バンドやる気ない?」

その時向けられた、円谷の真剣で好奇心に満ち溢れたあの眼差しを、私は忘れる事が出来ないだろう。
あんなにも輝いて、魅力的な瞳を、私は今でも思い出すのだから。


こうして本番まで、1ヶ月もないというのに私は正式にキーボードとして彼らのバンドに加わることになった。

「大丈夫。何とかなる。それだけ弾けるなら、最初はとりあえずは譜面通りに弾いてみてくれればいいよ。」

そんな風に力強く言ってもらえて、私は何とか頑張ってみようという気になったのだ。

「でも」

いつもは寡黙な城山さんが珍しく口を開いた。
私は驚いてそちらに振り返る。
城山さんは、こちらを見もせずギターのチューニングをしながらさらりと言った。

「バンド内恋愛禁止だから。」

聞けば、以前このバンドに在籍していた人と、あの城山さんが恋愛関係になったのだという。
しかし、女の人の浮気やら何やらでゴタゴタし、バンドは一時解散の危機に陥ったそうなのである。

「いや、その心配はないでしょう」

私はわざと茶化してそう言ったのだけれど、冗談でも円谷の方に笑いかけることは出来なかった。
何だろうか、このもやもやした気持ちは。


そして、不安を抱えながらもライブ当日がやってきた。
私は緊張には滅法弱い性質なので、朝から吐き気に襲われていたのだけれど、皆の必死な励ましで、何とか立ち直っていた所だったのだが・・

「おお!風巻!来てくれたのか」

本番直前。背後から円谷のバカみたいな大声が聞こえて、私は必然的に振り返る。

「来てあげたんでしょ。ったく、こっちは忙しいんだからね」

パッと目を引く程に美人、という訳ではない。
多分気付く人には気付くだろう・・っていう感じの、同性から好かれるんじゃないかな?と思われるような、姉御肌タイプ・・
その人の印象はそんな感じだった。
円谷とは親しげだけれど、でもこの人ではないなと直感的に思った。

「分かってるよ。で・・彼女は?」

円谷は苦笑しながら何かを探すようにキョロキョロしている。

「はいはい、ちゃんと連れてきましたよ。」

その人は呆れたように苦笑して、背後を振り返る。

「花!こっちこっち。」

そうして、『花』と誰かを手招きして・・・
円谷と、多分同時にそちらを見やる。

そして私は、一瞬その彼女に見とれたのだ。

ピンと伸ばした背筋、長く細い手足を持て余すかのような長身。長いストレートの栗色の髪、色白の肌、そして、大きな意思の強そうな瞳・・

彼女は、会場にいた少しばかりの観客や、他のバンドメンバー、多分その会場にいた全ての人の目線を一瞬釘付けにした。

「毒田、来てくれてありがとな。」

そして、はにかむように笑う・・円谷。
そんな円谷に微笑む彼女。

「こちらこそ、誘ってくれてありがとう」

声までもが、透き通るように綺麗だ。
私は円谷と向かい合う彼女を見た。そして、円谷を見た。

何だろう、お似合いだなと思ったのは気のせいか?
あんな綺麗な人と並んでいるというのに、円谷は見劣りしていない。
何でだろう?
そして、このもやもやは・・

それでも、その日のライブは今までにない程の良いライブになって、多分それは円谷の気合のせいなのかもしれないのだけれど、それからのバンドは精力的に活動を行っていった。

(2に続く)