No-music.No-life

ヤフーblogから移行しました。

いつか彼女に言いたくて。

「無理無理!俺、絶対毒田だけは彼女にしたくねえな」

他愛もない、放課後の友人との会話。
出来ることなら、俺はあの時に戻ってこの言葉を取り消してやりたい。

しかしそんなことは出来るはずもなく、俺は未だに後悔していた。

あの時、少女漫画の展開よろしく(妹の買っている漫画の中に、よくこういう場面が出てくるのを見たことがあったのだ)教室のドアの外にその本人がいたりして、しかも主人公の男が「違うんだ!」って言いながら追いかけたりして・・という展開とは現実は少しばかり違っていたのだけれども、とにかく教室のドアが勢いよく開いてそちらに目をやった時、毒田の姿を見かけた俺は少しばかり気まずい思いをしたのは間違いない。

それでも、その当時は痛くも痒くもなかった。

毒田は無言で俺たちに目線を向けた後、その自信なさげに丸まった背中を強調するように自分の席へと歩いていき、鞄を取ってそそくさと教室から出て行ってしまった。

今時いないだろうと思われるほどの分厚い瓶底眼鏡、色白の肌は血の気がなく、表情は大きな眼鏡に邪魔されて読み取ることは出来ない。
そして、何よりあの「鳥の巣ヘアー」がインパクト大なのだ。
クセ毛の究極の完成形と思われるほどボリュームのある髪。

・・だから当時の俺は、本気で彼女にしたくない女子だと思っていたのだ。


「円谷!」

部活の後輩達からもらった大きな花束を抱えていた俺は、声のする方向に顔を向ける。
可愛い後輩から第二ボタンを迫られたり、告白されて断ったり・・と慌しい卒業式が終わろうとしていた。

「ああ、風巻」

学級委員をやっていた風巻は、誰からも頼りにされるしっかりとした女子で何を隠そう密かに俺の彼女でもあった。

ただ、受験や何だのとバタバタと忙しく、時々一緒に帰ったり図書館で勉強をしたり・・だという今考えてみれば付き合っていたとは呼べないような清らかな関係だったのと、お互い志望校が違っていたこともあり、少しずつ距離が出来てしまっていた。
だからこそ、風巻が俺に話しかけてきたことは意外だった。
実に久しぶりの会話でもあったからだ。

「卒業おめでとう。随分モテモテだったみたいで」

少し皮肉った口調で俺の着ていた学ランを見やると、風巻はニヤリと笑う。

「風巻は、女子高だったよな。俺と同じ市内だけど」

その笑いに答えるように笑い返した俺は、そういいつつも多分もう風巻とは連絡を取り合うことはないだろうと分かっていた。

県下一の名門校、海成高校が一番とするならば風巻が行く女子高は二番、俺がいく共学高校は三番というところか。
同じ市内に3つの高校が点在するのだが、きっと今日で風巻と会うのは最後なのだと漠然と感じていた。

「そう。円谷も頑張ってね」

それじゃ、と行ってスカートを翻して去っていく風巻。
実際俺は、高校3年間を風巻と連絡を取ることもなく過ごした。

そのときの俺は、高校生活は絶対彼女を作って楽しむのだとはりきっていて、そうして入学してすぐに海成高校に通う佐倉という割と可愛い女の子と付き合ったのだけれど・・すぐに別れることとなった。

理由は簡単だ。
俺が、毒田を好きになってしまったせいに他ならない。


「なあなあ、円谷知ってる?ブスだけど美人な海成高校の例の彼女のこと」

その噂を耳にしたのは、入学してすぐの4月の頃だっただろうか。

「ブスだけど美人って・・どっちだよ、それ」

俺は新しく出来た彼女に夢中で、そんなことはどうでもいいとばかりに話を聞き流そうとした。

「お前知らねえの?有名だぜ、あのブスダハナコって女」

その名前を聞いたとき、瞬時にあの気まずかった放課後の思い出が頭をよぎる。
それにしても・・ブスは納得だが、あれの何処が美人なんだろうか?
勘違いなのではないかと思い、俺は素っ気無く言い返したのだ。

「俺、毒田と同じ中学だったけど、はっきり言ってブスだった。あれの何処が美人なのか理解できない」

俺の言葉に、反論する友人達。

「あぁ・・全く彼女のいる奴はいう事が違うね!あれだけの美人をブスと言い切っちゃうとは・・」

「円谷、そんなに言うなら今日その彼女を見に行こうぜ」

という訳で、俺はその日毒田の変貌を目にすることになったのである。


「あ、来た!」

栗色のストレートヘアーを春風になびかせ、ピンと伸ばした背筋と長い手足を持て余すかのように颯爽と歩いていく美少女。
大きな瞳、色白の肌にほんのり色づく桃色の頬・・そして、他の誰よりも海成高校のセーラー服を着こなしていた。

「嘘・・だろ?」

俺はあまりにもその姿があの毒田とは全くの別人としか思えず、近くを歩いていた不細工な男に慌てて名前を確認したほどだった。

「あの子、もしかしてブスダハナコって名前?」

そうしてその男は、かなり迷惑そうな顔で言ったのだ。

「そうですけど、何か?」

憮然とした態度で去っていく男を尻目に、俺は呆然としていた。

なあ、人間ってあんなにも変われるものなのか?
あの時見た、美少女の姿が頭に焼き付いて離れない。

そう、俺は彼女に恋してしまったのだ。
中学時代には絶対彼女にしたくないと思った女を、今一番彼女にしたくてたまらないと俺は切実に願っていた。

突然襲った恋の病は重症で、割と女子からもモテていた自分の臆病さを知った。
付き合っていた佐倉とはすぐに別れて、それからばら色になるはずだった高校生活は、片思いに胸を痛めるだけの日々だった。

もしかしたらと期待していた大学での再開も、風の噂で毒田が都内の有名大学に進学するという話を耳にして結局果たされずに終わった。

それでも満たされないこの思い。
彼女に会いたい、会いたくてたまらない。

ならば、どうすればいいのか。
自然な方法で彼女と再会する方法は・・

「同窓会?」

久しぶりに聞く風巻の声は、少しばかり大人びて聞こえたけれど俺だと分かるとすぐに声の調子を崩し、中学の頃と変わらない調子で問いかけてきた。

俺は考えた。
自然な再会の仕方。

・・中学の同窓会を開催すればいいのだ。
そのために、協力して欲しいと連絡した風巻は事情を説明すると渋々だが納得してくれた。


そうして、俺は今同窓会の会場となっているカフェのドアばかりを気にしている。

風巻に確認を取ったところ、彼女は一応同窓会に参加するとのことらしい。
それでも開始から30分が経過した今も未だに彼女が来ない。

もしかしたら来ないのか・・そう思い始めた頃、カランとドアの開く音と共にワンピースを綺麗に着こなした毒田が店内に入ってくるのが見えた。

俺は緊張する。

なんて話しかけようか?
それでも、折角のチャンスを逃してはならない。

中学時代、別段親しい友人がいなかった彼女は所在なさげに空いている席へと座る。

俺は果敢に話しかけた。

「毒田さん!」

俺の決死の呼びかけに、カフェの店員から差し出された水に口をつけかけていた彼女が俺を見上げた。

驚くほど、大きな瞳。意思の強そうな、はっきりとした・・
大学生になり、淡くメイクを施したその顔は・・高校の頃よりも更に綺麗さを増していた。

何も言わずにいる彼女を気にせずに俺は続けて言う。

「俺、円谷。俺のこと、覚えてる?」

すると、彼女は意味深な笑みで言うのだ。

「うん。覚えてるよ。忘れられるわけないよ」

え?
どういう意味だろう。それは、あの時の俺の発言への皮肉なのか、それとも別の意味なのか・・彼女の意図は掴めない。

言葉に詰まった俺は、次の言葉を繋ぐ前に元同級生たちに遮られてしまう。

皆、きっかけが欲しかったのだろう。
男女問わず毒田の周りには人が押しかけ、彼女は瞬く間に人の輪の中に取り囲まれてしまった。

俺は唖然としながら輪の中心にいる彼女を見た。
彼女は楽しげに笑っている。

俺の事を、覚えていた。
そして、忘れられるわけがないと言った。

一体どういう意味なのか?

「なーに円谷、しけた顔してんじゃねえよ」

中学時代、つるんでいた同級生が俺の肩に手をかけて酒を進める。

どういう意味だ?
毒田は一体、何が言いたかったのか?

そんな思いは、半ばヤケを起こして飲んでいた酒の勢いで忘れてしまう。

気付いたときには彼女は帰っていて、そうして初めて俺は彼女の連絡先を聞きそびれたことに気付いて愕然とする。

「なあ風巻・・毒田の連絡先分かる?俺、聞き逃した・・」

二次会へと向かう道すがら、俺は風巻にすがった。

「まあ・・私は連絡先を渡したけど。もし連絡が来たら、何かしら協力はしてあげる。でも・・円谷、情けない」

風巻は腕を組み、厳しい目をして再び言う。

「あんた、情けないよ」


その後、俺は大学のサークルでバンドを組むことになりその面白さに没頭した。
彼女のことは、ずっと心の中にあったけれど今は目の前にあるバンドの面白さに目覚めていた。
もうそろそろ、諦めるべきだろう・・そんな事を思っていた大学2年の初夏のこと。


俺は本屋でベースの月間雑誌を探していた。
そうして、雑誌を取りレジへと並んでいた時だった。

「あれ?もしかして・・円谷君?」

俺は驚きと緊張でゆっくりと振り返る。
その声は・・紛れもなく・・

「あ、やっぱりそうだ。後姿が見えて、もしかしたら・・って思ったんだ」

毒田だった。
春色のワンピースに、真っ白な七分袖のカーディガンを羽織っている。
手には沢山の文庫本を抱えていた。

俺は声も出せずに立ち尽くし、「お次のお客様」と店員に呼ばれるまでただひたすら毒田を見ていた。

彼女も続いて文庫本の清算を済ませ、俺たちは少しの間並んで街を歩いた。

「毒田って、都内に住んでるんじゃなかったっけ?」

ようやく搾り出した声は、我ながら情けなく自分自身に軽く失望する。

元気だった?
大学は楽しくやってる?
彼氏、いるの?
今度ライブやるから見に来てよ・・

そんな気の利いた言葉すら、好きな人の前では言えないのか。
なんて情けないんだろう。
不甲斐ないのだろう。

「うん。今ね、実家に戻ってきたところ。でも、やることがなくて。だから本でも読もうかと思って沢山買ってしまった」

ふふふと笑う彼女の栗色の髪が揺れる。
漂う甘い匂いが鼻腔をくすぐり、俺の胸は締め付けられる。

「それじゃ、またね」

彼女は身を翻し、角を曲がって行ってしまった。

ああ、俺は・・なんて不甲斐ないんだ。
忘れたと思っていた想いは、多分これからも忘れることは出来ないのだ。

だってこんなにも、俺は胸が苦しい。

どうしてあの時、あんなことを言ってしまったのだろう。
取り消したい言葉、伝えたい言葉。

いつか、彼女と対等に向き合える時が来るだろうか?

彼女が自分を変えたように、俺自身も変わらなければいけない。

いや、きっと変われるはずだ。
そうしたら言おう。

俺は毒田が好きなのだと。

それまで、もう少し。もう少しだけ待っていて欲しい。

吹き付ける初夏の爽やかな風は、何処までも俺の気持ちを前向きにした。
もうすぐ、夏がやってくる。