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ふわり、香る(2)

桜が散り、青々とした新緑が眩しい季節になると、半々だったサークルの男女比がいつしか4:3、4:2、4:1となっていくのが分かった。

いつしか残されたのは俺の他に、真っ当な文学好きらしい男子と小説家を志しているのだろうか、いつも机に向かってペンを走らせている男子が数名だけだった。

「良知君は、いつも何を読んでいるの?確か、ミステリーとか推理小説が好きだったよね?」


爽やかな風が吹き抜けるこの場所の、窓際の席でひたすらに本を読むのが俺のここでのスタイルだった。
そんな時、ふいに漂ってきた甘い香りと透き通った声にはっと顔を上げる。

あの人・・毒田先輩だった。

俺は内心の動揺を押し隠すように「いや、あの・・」としどろもどろになってしまう。

俺は基本、「クール」だとか「一匹狼」と思われている節がある。
姉譲りの割と整った顔立ち(と自分で言ってしまう時点でアウトか)と、このイメージのお陰か、昔から結構クラスの女子から告白されたりなんかもしていた。

しかし実は趣味が読書だったりする訳で、その時点でもあまり女の子受けしないと思われるので出来る限り密かに本を読んだりしてきた。
しかも・・実は一番好きなジャンルが「恋愛小説」なのだ。これは本当に言えるわけがない。
表向きはミステリー小説とか推理小説が好きだとか言っているけれど、今読んでいる本だって実を言うと、恋愛小説だった。
小説家志望のフリーターの冴えない男が、美少女に恋をする・・しかしそこには強力なライバルが!というありふれた話にも関わらず、妙に主人公の男の冴えない様がリアルに描かれていて、「世の冴えない男たちに夢と希望を与えてくれる小説」として最近口コミで話題になっているものだった。

そしてその美少女というのが、どうにもこの目の前にいる先輩と重なって見えるのは気のせいなんだろうか。

などとそんなことを考えていると、ふいに俺の手元の本を覗き込むように先輩のサラサラの栗色の髪が俺の手をかすめた。
漂う甘い香りに一瞬言葉を失って「・・あ」と思う間にタイトルが知れてしまった。

「あれ?こういう本も読むんだ。意外。」

本を覗き込む体制のまま、くるりとこちらに顔を向けた先輩の仕草までもが姉のそれととても似通っていて、更に心臓が高鳴ってしまう。

「でも、私も好きだよ。恋愛小説」

そう言って、先輩はふふふと微笑んだ。
そうして再び背筋をピンと伸ばした先輩の後姿に、俺は慌てて声をかける。

「先輩って・・もしかして・・」


姉の生まれ変わりなんですか?


そんな言葉が喉をついて出てきそうになったのだけれど、俺は「何でもないです」と言って笑った。

先輩は一瞬不思議そうな顔をしたけれど、再び軽く微笑んでいた。


「ああ、良知君。ちょっと手伝ってもらえるかな?」

授業が終わって校内を歩いていると、ふいにあの高齢の教授から声をかけられた。
あれ、俺の名前と顔、覚えてくれてるのか。

「ああ、はい。いいですよ」

俺は手渡されたレポートの束を運ぶのを手伝いながら、隣にいる教授の言葉に耳を傾けていた。

「驚いたよ・・よく良知君・・君のお姉さんからは弟の話を聞いてたからね。10も歳が離れているから、可愛くて仕方がないんだ、ってよく言ってたよ。・・それにしても、もう10年も経つんだなあ・・早いもんだな」

そういえば、毎年かかさず姉の命日の時にお墓に行くと、俺たち家族よりも先に必ず誰かが花を供えてくれているのだ。
もしかしたらそれは・・この人なのかもしれない、と思った。

「はい。俺も、とうとう今年で姉と同じ19歳になります。」

そうして、窓の外の青々とした空を見あげた。
雲一つない真っ青な空が広がっている。

「・・そうか。うん、そうか・・。君がこの大学に入ってきてくれたこと、誰よりも嬉しく思う。君は、これからも生きていって欲しい。強く、そう願うよ」


そうして、所定の場所までレポートの束を運び終えた俺は、深く教授にお辞儀をして、その場を後にした。


人は死んでしまった人間のことを、いつしか忘れていくのかもしれない。
けれども、ここには確かに姉のことを覚えていてくれた人間が存在している。

そうして、俺が先輩と出会ったことも偶然なんかじゃないのかもしれない。

俺は姉と同い年になり、そうしていつしか姉よりもどんどん年上になっていくのだろう。
それでも・・俺の中ではずっと、姉は姉なのであって、どんなに年齢を重ねていったとしても、それは変わらない。

なあ、姉ちゃん。
大学生活は、何だか楽しくなりそうだよ。
姉ちゃんにも、もっと大学を楽しんで欲しかった・・。


「良知君?どうしたの?難しい顔して」

俺は、いつしか目の前にいた毒田先輩と姉の姿を重ねていたらしい。
慌てて「いや、何でもないです」と否定して、俺は再び手元の本に視線を戻した。

「それ、面白い?気になってたんだよね。今度貸してくれない?」

先輩はふわりと甘い香りを漂わせて、俺の隣に腰掛けた。
俺は再び先輩の方を見て、「ああ、いいですよ」と頷いた。

心臓がうるさいくらいに鳴っている。

先輩がふふふ、と笑う。
俺はそんな先輩を見ているのが気恥ずかしくて、無理矢理手元の本に集中しようとする。


俺はもしかしたらこの人に恋をしてしまったのかもしれない。
これは、シスコンという事なんだろうか?

どう思う?
なあ、姉ちゃん。