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太陽の坐る場所

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クラス会で再会したメンバーは、女優になった同級生「キョウコ」を次こそ呼ぼうと話し合う。青春時代の苦すぎる思い出を抱えながら…。

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辻村深月さんの最新刊です。

前作ロードムービーを発売後、まだそんなに経ってないのに、まさか年内にもう一冊発表してくれるとは思ってませんでした。

『別册文藝春秋』の連載を単行本化したものだそうです。
時々立ち読みしてしまおうか、と思いながら単行本化するまで待ちに待っていたものでもあります。

辻村さんといえば、大学生や高校生など、若者達を中心とした物語を書かれているイメージがあるかと思います。
今回は、高校卒業から十年が経った28歳の大人達を主軸にして、展開されていく話です。

でも、大人の主人公って聞いてたのでもっとずっと、30代後半から40代くらいを想像してたりしました。
28歳というと、辻村さんと同世代?なのかな。

今まで読んできた主人公達に年齢が近いような錯覚を起こしそうになるけど、今の私からしたら、今回の主人公達と年齢が近いんだな、と思ったら歳を取ったんだなあと・・妙に実感して悲しくなったりもしました。

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さて。
今回もまんまと騙されました。毎度ながら、少しでも疑問に思ったことは、最後のどんでん返しに繋がっているのだよ、と自分にアドバイスをしてやりたい気分になりました。

登場人物に、ちょっとしたらなんて読むのかな?と思うような登場人物の名前に、振り仮名がないこと、とか。

当然この漢字であれば、こう読むんだろうな、と・・そんな風に決め付けてはいけない、と。

キョウコとどうしてカタカナ表記されているのか、とか。

あの人と、あの人は別の人。
ん?と思っても、気のせいかも・・と思わせる、さりげない附箋。

辻村さんの作品をこれだけ読んでいても、島津の章に至るまで全く気付くことが出来なかったのです。


それにしても、毎回毎回辻村さんは女同士のこの陰湿な関係だとか、そういう凄く微妙な関係をうまーく描きますよね。
読んでいて胃がキリキリ痛むような。

それは、島本理生さんの最近の本によく出てくるDVの描写と似ているような。

いっそ本谷有希子さんみたいに、潔い程に女の醜い部分、全てをさらけ出してしまうくらいの方が読んでいても気が楽かもしれない。

だけど、どんなに胃がキリキリするような展開になっても、最後は絶対に優しい気持ちになれるのが不思議です。


田舎で生まれ、田舎で育ち、都会に出たいと思いながら片足突っ込んでるような中途半端な自分みたいな田舎者には、驚く程この主人公達の都会に出たものへのコンプレックスが理解できる。

そして、田舎で永住することを選んだ、結婚して主婦になった同級生たちの話を聞くと、半分見下すようにそれを客観的に見てしまうそのちょっとした優越感も。


私はこんな場所にいるべき人間じゃない。
すぐにでも、この環境から飛び出すことが出来る。私はあの子たちとは違う・・

この物語の登場人物達のように、子供だったからこそ、思い描いていた未来。

だけど現実にあるのは、結局今の現状に留まっているだけの自分。


中学を卒業して、10年。

久しぶりに会った中学校の元同級生から聞いた、それぞれの近況。皆が何をやっているのか、誰が子供を生んだ、結婚した、何の仕事をしている・・

そこにつきつけられたのは、容赦ない現実。

私は、誰かから見て、「うらやましい」と思われる対象なのだろうか。
それとも、「哀れまれる」対象なのだろうか。


25歳になる今の私には、痛いほど突き刺さる物語でした。


やっぱり辻村さんの作品は大好きです。