No-music.No-life

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そして、物語が始まる

俺の書く小説には、必ずとびきりの美少女が出てくる。
そうすると、俄然書いている側としてもやる気が出てくるからだ。

今まで行き詰っていたキーボードを打つ手は、突然スピーディーになる。
物語の中の美少女は、俺の想像を遥かに越えていく。

美少女が笑う、時々少し照れた顔をして主人公の「僕」をその大きな目で見つめる。
美少女は物語の中を自由に飛びまわり、物語に華を添える-


「いらっしゃいませ」

深夜12時。
バイト先のコンビニに時々やってくる、一人の男。

少し茶色がかったサラサラの髪の毛を今風に決めた、かなり整った顔立ちの男。
例えば小説の中の主人公のライバルだったとしたら・・冴えない主人公の男には勝ち目はないだろう。

「638円になります」

男は大学生だろうか?
何度か顔を合わせているから、お互いに顔見知りに違いはないのだが・・未だかつて一度も話したことはない。

俺は所詮、冴えない男。
人生勝ち組のあの男に話しかけるなんて事は身分違いだし、到底出来ない。

今度はあんな完璧な男が美少女と急接近・・という話の展開にしてみようか。

日常生活のどんなところにも、小説のネタは転がっている。
大学を卒業して来月4月で丸3年。
俺は、26歳になる。

コンビニでバイトをしながら、売れる宛てのないありふれた恋愛小説を、こうしてまた今日も書くだけの生活。

4月になった。

深夜12時前後に時々コンビニにやってくるあの男は、今時の女子が萌えるのであろう真新しいスーツを身につけて、会社帰りなのだろう・・少し早めの時間にやってくるようになった。

そして、いつもと様子が違うのは多分4月から社会人になった男の真新しいスーツ姿だけではなかった。
隣には、目を見張るほどの美人。
男の彼女なのだろうか?

凛とした佇まい、栗色の長いストレートヘアー。ピンと伸びた背筋、ビックリするほどの大きな瞳、持て余す長い手足。そして長身。

・・完璧だった。
この美少女こそ、物語のヒロインにふさわしかった。

想像していただけの存在が、今俺の働くコンビニの店内にいる。

その事実が、俺の気持ちを高ぶらせた。


彼女は、週の半分以上はコンビニにやってきた。
俺は基本的に夜勤だから、日中の事は分からないのだが・・大抵いつもあの男と一緒に来ていた。

二人は恋人同士なんだろうか。

それにしても・・世の中は何と不公平なことだろう。
と、俺は自分のみすぼらしい格好を思わずしげしげと見てしまう。

履き古したジーンズ、ボロボロのスニーカー、適当に着ている何年ものだか覚えてもいないパーカー・・
ボサボサの髪に、全然似合っていないお洒落メガネ。

対するあの二人は、お互いがお互いの美を尊重し合い、それでいて主張しすぎず綺麗に調和が取れている。

時々、店内の別の客が二人の姿を見て思わず振り返る。

そんな人間が、この世に存在するというのだ。

小説の中で登場させたとしても、多分俺には書けないだろう。
だって俺は、あっち側の人間の気持ちなんて到底分からないから。


それから一月が過ぎて新緑香る5月、週の半分以上はコンビニに通う美男美女カップルが、カップルではないことを知る。

「花子、これ食べるか?」

レジでの清算中のことだった。
男は、レジ前に置かれていた苺大福(¥100)をおもむろに手にし、近くにいた美少女(花子っていう名前なのか!)に声をかけた。

「いいよ、太るから。お兄ちゃん、食べたいなら一人分だけ買ってよね。あると食べたくなっちゃうから」

そして、美少女(花子!)はよく通る綺麗な声で言ったのだ。

『お兄ちゃん』と。


どうやら、彼女はここから程近いあの有名大学の1年生らしいことも時々もれ聞こえる二人の会話から把握することが出来た。

俺は少しずつ書いている小説の美少女の姿が、あの彼女そのものに変わっていく感覚を覚えながらパソコンに向かって文字を打ち続けた。

冴えない男が、何の因果か美少女と付き合うことになる。
けれども強力なライバルが現われる-

ありがちだ。
ありがちだけど、書くのを止められない。

イメージはいつしか具体性を帯びていく。

ライバルは勿論、あの男みたいな完璧な男。
主人公の冴えない男は、俺みたいなどうしようもない小説家志望のフリーター。


ある日のことだ。
冴えない男に、美少女との接近のチャンスが到来した。


11時を少し過ぎた頃だろうか。
丁度客の足が途切れ、バイトの1人が先に上がり俺は一人で店番をしていた。

客が入ってくると音が鳴る仕組みで俺は入り口に目をやった。

美少女だ。
しかし、いつも隣にいるはずの完璧な男である兄がいなかった。

そして、いつもと違った雰囲気の美少女。

長い髪をアップにし、Tシャツにハーフパンツという非常にラフなスタイルだ。
多分、風呂上りだろうか?
今にもシャンプーの香りが漂ってきそうで、ドキドキする。

まさしく俺は、まさに小説の主人公になったような気持ちだった。

彼女は、少し迷った後いつもは立ち寄ることのない雑誌コーナーで立ち読みを開始した。

どうしたのだろうか?
いつもなら食べ物なり何なりと買ってはすぐに帰ってしまうというのに、今日に至ってはなかなか立ち去ろうとしない。

まさか・・これは、チャンスなのでは?

俺は思う。
しかし、冴えない自分が果たして美少女に話しかけても良いんだろうか・・?

そうは言っても、こんなチャンスはそうそうない。

俺は意を決し、雑誌コーナーの整理をするふりをして彼女に近づく。

彼女は心ここにあらず、というようにファッション雑誌をパラパラとめくっている。
やっぱり、シャンプーの香りが漂ってきて、俺は馬鹿みたいに胸が高鳴るのを感じる。


「今日は・・お一人なんですか?」


声が上ずった。情けない。
俺の声に気付いた彼女が、少し驚いた表情で俺を見る。

「ああ・・やっぱり、顔を覚えられてたんですね。そうなんです、今日はちょっと事情があって・・こんな時間に来ちゃいました」

ふふふと彼女がバラ色の頬を見せて微笑む。
一瞬その大きな瞳に吸い込まれたかのように錯覚。
大丈夫か、俺。

「ああ、そりゃ・・美男美女なんてなかなかいないですからね。覚えてますよ」

と不自然に笑う俺。
そして、勝手に小説の中で登場しちゃってます、すいませんと声にならない声で謝りながらも続ける。

「事情って・・何かあったんですか?」

意外とスムーズに言葉が出た。

「・・実は、私お兄ちゃんと2人で暮らしているんです。本当は一人暮らしがしたかったんだけど、親が反対して。それで今年から社会人になったお兄ちゃんが少し広い部屋を借りたって言ってから・・一緒に暮らすことになって。それなら親も許してくれるっていうから・・でも恥ずかしいから友達には一人暮らししてるって嘘ついてるんですけどね。」

意外と饒舌な美少女。
恥ずかしいのか、少し顔が赤くなっている。

「でも、お兄ちゃんには彼女がいるんです。で、私ははっきり言って邪魔なんです。さっきも彼女が突然お兄ちゃんのところに来たんですよ・・週末の、日中だったら私は外出したりして何とかやってきたんですけど、平日の、こんな時間に来られると逃げ場がなくて。一人で遠出するのも怖いし・・だから近くのここに避難してきたんです。はた迷惑な客ですよね」

彼女は肩をすくませて、苦笑いをしている。

「いや、そんなことは・・」

むしろ、兄よありがとうという気持ちであることは言えなかった。

「もう少しだけ、良いですか?あとちょっとしたら多分大丈夫だと思うんで・・そうしたら帰ります」

彼女は申し訳なさそうに軽く頭を下げた。

「いつでも来てください。全然迷惑じゃないですから」

そんな彼女に、気付けば大胆な台詞を言っている俺。

「それに・・もし良かったら、今度俺の家使ってください。狭くて汚いですけど。時間潰しになると思うし。俺はこのコンビニから歩いて5分の所に住んでいるんで、俺がバイトしてる間とか・・全然使ってもらって構わないし・・」

言ってしまった。
そして、彼女の答えは・・・

「あの、あの!すいません!レジお願いしたいんですけど」


え?
とその澄んだ声の主を見る。
美少女だ。
ん?俺はさっき、彼女と話していたのではなかったか?

手元を見ると、雑誌整理のカモフラージュの為に手にしたファッション雑誌がある。
しかし彼女は、500mlのペットボトルのお茶を手にして困った顔をしている。

「あ、うわ・・すいません。すぐやります」

俺は慌ててレジへと戻り、ペットボトルのバーコードをスキャンした。

彼女はお金を払い、俺はそのお金を受け取り、彼女は去っていく。


物語は、時々現実との境界線を曖昧にする。
現実なんて、こんなものか。

俺は苦笑しながら、彼女が出て行った入り口の方を見つめた。

さて、物語の中の主人公はどうやって美少女と仲良くなっていくことにしようか。

帰ったら、寝る間も惜しんでパソコンに向かうことになるだろう。
何だか・・今回は良いのが書けそうな気がして、俺は伸びをして再び気合をいれ直した。