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その日東京駅五時二十五分発

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そしてぼくは、何も何もできない。頑張ってモールス信号を覚えたって、まだ、空は燃えている――。終戦のまさにその日の朝、焼け野原の東京から故郷広島に汽車で向かった「ぼく」。悲惨で過酷な戦争の現実から断絶された通信兵としての任務は、「ぼく」に虚無と絶望を与えるばかりだった――滅亡の淵で19歳の兵士が眺めたこの国とは。広島出身の著者が伯父の体験をもとに挑んだ、「あの戦争」。鬼気迫る中編小説。


西川美和さんの本です。
 
いつもの西川さんとは随分違う感じだなあ、戦時下の話か・・・と不思議な気持ちで読み始める。
物語はとても淡々と進んで行く。
相変わらず読みやすい。
 
苦しい貧困生活や、厳しい軍隊生活、家族との唐突な別れ、悲惨な毎日――そんな想像をしてしまう戦時下。
なのにこの主人公は何処か自分の事ではないように戦争を一歩引いた所から見ている。
配属された部署では厳しい訓練も、直接的に命の危機を感じる事はほとんどない。
 
通信兵として、国民の誰よりも早く敗戦を知り、どの兵隊よりも早く岐路に着こうとする通信兵たち。
 
終戦のイメージは、国民が一つのラジオを囲んで終戦の言葉を聞いて茫然とたたずんでいる――みたいなものしかなくて、それよりも早く情報を知りえた人が当たり前だけれどいたのだなあと知り、驚く。
 
フィクションの世界か、と思って読んでいたのに、あとがきでやられた!
西川さんの祖父の手記を元にした話しなのだそう。
多分極端な脚色は加えられていない気がするので、ほぼ実話なのではないかと。
 
短くて文章もとても読みやすい話だったのだけど、読み終わった後に何だかじわりじわりと余韻がくるのよ。
何だろうこれ?
 
あとがきで、3/11の出来事にも触れられている。
 
関東・東北周辺に住んでいない人にとって、TVやラジオやネットのニュースはすぐに飛び込んできただろう。
けれど、西川さんも書かれているように、それらのスイッチをOFFにしてしまえば、一瞬で何事もない日常に戻る。
自分の所ではない何処か遠くでとんでもない震災の被害に見舞われているのに、何処か現実的ではない感覚。
 
それは、当時終戦を知った人々も同じだったのかもしれない。
全く違うもの、と単純に思っていたけれど、あとがきがじわりじわりと染みてくる。
 
読む価値ありの一冊。
(4.5点)