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暗い夜、星を数えて 3.11被災鉄道からの脱出

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ひとりで東北を旅行中、私は常磐線新地駅で被災した。命からがら津波を逃れ、見知らぬ人の家で夜を明かした次の日、原発事故を知らせる防災無線が飛び込んできた――情報も食べ物も東京へ帰るすべもないまま、死を覚悟して福島をさまよった五日間。若き女性作家があの日からの被災地をつぶさに見つめた胸つまるルポルタージュ


彩瀬まるさんの本です。
 
「文芸あねもね」で初めて彩瀬まるさんの名前を知り、一番印象に残った小説を書かれていた方でした。
復興支援のために作られた「文芸あねもね」ですが、唯一被災地で実際に震災を経験された方が彩瀬さんということで、本作を読んでみる事にしました。
 
たまたま、本当にたまたま旅行中に被災した彩瀬さん。
 
常磐線の車内で尋常じゃない揺れに見舞われる。
携帯も繋がらない、情報が全く入ってこないまま停車し続ける電車を、たまたま乗り合わせた地元の女性と下車し、町を歩きはじめると、「津波が来るらしい」という情報が入る。
海から2キロ近く
離れているし、ここまで津波が来るのか?と半信半疑だった彼女たちが見た海の光景。
黒い、何物とも分からないものが凄い勢いでこちらに迫っている。
「高台に避難してください!」と喚起する車、老若男女が必死で高台まで走る姿。
彼女らも慌てて高台に避難し、そして津波が押し寄せた後の光景を目の当たりにする。
 
海など、見える場所ではなかったはずの場所。
そこには、何も残っていなかった。
 
「本当は、ここから海は見えなかったんだ。防風林に完全に隠れていた。それに林の手前には住宅地があった。もう、なんにもないな」


震災を経験し、何とか家まで辿り着いた第一章。
第二章からは、福島の原発の被害、それによる風評被害の現実を著者は目の当たりにします。
 
被災地へ復興ボランティアに向かった著者。
作業の御礼にと「(放射能で)出荷制限がかかっていない」はずの玉ねぎを御礼に渡される。
玉ねぎを受け取ったものの、食べても大丈夫なのか?食べられるのか?と葛藤する著者の気持ちが、多分今現在の日本人が大半感じている葛藤なのではないか?と思う程、リアルに迫ってきました。
 
恐らく、本作の中に書かれているように、県外に行った福島の方が車に「汚染車」と落書きされたり、通りすがりの人に「福島県人は毒をまき散らすな、帰れ」と言われたなどという経験はそう多くないのかもしれません。
(実際には分からないけれど)
だけど、復興を支援したい、東北頑張れ!と思っている人ですら、福島産の食べ物を食べることに躊躇する。
特に彩瀬さんは震災を実際に経験し、情報が錯誤して原発の情報がきちんと県民に流されていなかった憤りを知っている。
それなのに、玉ねぎをどうしても食べる事ができなかったことは、何より自分自身が風評被害を作り出しているのではないか――と葛藤しています。
 
先日ネットのニュースで見たのですが、東北自動車道の福島付近のSAのゴミ箱に、福島の銘菓やいただきものと思われる野菜等が大量に廃棄されているのだそうです。
野菜や米ならまだしも、銘菓までも・・・。
 
愕然としました。
これが、現実か、と。
 
本作でも書かれていますが、想像を絶する大地震に見舞われ、原発事故による放射能の見えない被害におびえる日々、そこに風評被害という3つ目の苦悩が起こり、心の持っていき場も分からないまま苦悩する人々。
 
福島の人は、何も悪くない。
悪くないのに・・・
 
私は旅行で訪れた福島に魅了され、福島が好きになりました。
だけど自分がもし、彩瀬さんと同じ立場に立たされたら・・・果たして受け入れる事ができるのだろうか?と悶々と考えさせられました。
 
絶対に読むべき作品だと思います。
ぜひに。