No-music.No-life

ヤフーblogから移行しました。

再会<後>

「今日の幹事って、風巻さんだったよね。私、毒田です。これ、会費」

元同級生達のどよめきをよそに、堂々と背筋をピンと伸ばして私の元にやってきた彼女ことブスダハナコは、そう言って私に会費の3,000円を手渡す。

私は手元の出席者名簿にチェックを入れ、「ありがとう。2時間食べ飲み放題だから」
と少しばかり素っ気無く伝える。

彼女は「うん」と言いつつも、当時特に親しい友達がいなかったこともあるのか少し戸惑っていたようであったのだが、空いている席を見つけるとピンと張った背筋を持て余すかのように、綺麗に腰掛けていた。

なるほど、彼女は綺麗になった。
いや、普通の非ではない。

当時の彼女は、瓶底の眼鏡をかけ、どうしようもないほど膨らんだクセ毛と丸まった猫背・・ほとんど話すこともなく陰気な雰囲気を醸し出していたのだ。

その彼女は、あの頃の面影の一つも残してはいない。
丸まっていた背筋はピンと伸ばされて自信に満ち溢れており、クセ毛からは卒業したのか長い栗色のストレートの髪からは甘い香りが漂っている。眼鏡は外され、これでもかというほどに大きな二重の目と、ナチュラルメイクであるにもかかわらず、頬にはほんのりと赤みが差し色白の肌はかなり綺麗なものである。

と、我ながらその観察力の鋭さに笑ってしまう。

ポツンと座っていた彼女を見つめていると、真っ先に話かけたのは、他でもない円谷で(そんな勇気があるなら、少しくらい高校時代になんとかなったのでは?と思うのだが)それをきっかけにして、いっせいに彼女の周りに人が群がっている。
男も、女も。

私はそんな様子を遠巻きに眺めながら、少し寂しい思いに捉われる。

彼女は、確かに陰気な雰囲気を見せてはいたが・・決して名前の通り「ブス」なんかじゃなかった。

元々持っていた彼女の素質だろうか。
入学当初は確かに目立つことのなかった学力・運動能力・芸術的能力の全てにおいて彼女は、3年生になる頃には飛躍的にその素質を伸ばしていたのだ。

目立たないながらも、彼女はきっと努力家で少しずつ掲示されるテストの順位が上がっていったのだって私は気付いていた。
それに、3年生の頃には彼女はクラス対抗リレーの選手にさりげなくエントリーされていたし(皆何で?って思っていたようだったけれど、スポーツテストの成績がかなり良かったからだって気付かなかったのだろうか?)、校内のコンクールや何かでも彼女が3年生になる頃には、いつだって何かしらの賞を取っていたというのに。

それに、時折汚れをふきとるときにその分厚い眼鏡を外すと・・驚くほど大きな瞳にはっとさせられた(まず、その姿を見た時から私は彼女が気になっていた)。
そして、背中は丸まっていたものの、プールの授業の時に水着になった彼女の色白の肌。
太ってはいなかった彼女は、更になかなかのスタイルの良さだったのだ(そんなところまで見ていた私は変態?)。

何で皆、気付かないのだろう?

ずっと、ずっと思っていた。
この子は絶対、いつか花開くときがくるんだって。

それでも私は、彼女と話したことなどほとんどなかったし、今だって久しぶりに会っても共通の話題になんてないのだけれど。

カタン、と椅子が引かれる音がして私は音の方向を見上げる。

「ここ、いい?」

そこには、あの美しいブスダハナコがいて、良いという前に私の横に座っている。

「皆、お酒強いんだね。私実はちょっと苦手だったりして、大学の歓迎会とかでもちょっと辛いんだ。だから抜けてきちゃった」

そう言って、先ほどまで彼女を取り囲んでいた同級生たちの方に目をやり、私も必然的にそちらを見る。
酒の勢いもあってか、円谷を始めとする面々が馬鹿騒ぎをしているのが見えた。

円谷のどうしようもなさに内心ため息をつきながら、本当はちょっと彼女が私の元に来てくれたことが嬉しくて私は少しだけ警戒を緩めた。

「毒田さん、やっぱりこんなに綺麗だったんだね」

さりげない、一言のはずだった。
しかし彼女が少しの間のあと、突然に言ったのだ。

「何で?皆『綺麗になったね』って言ってくれたのに、風巻さんだけは違う事を言ってくれるんだね。だって私、あんなに不細工だったでしょう?」

そう言って、自虐的に笑う彼女はそれでもはっとするくらい綺麗な顔立ちをしていて、私はドキリとしてしまう。

「・・でも、私はずっとこの子は素質を持っているなって思ってたよ。絶対磨けば光るタイプだなって。密かにね。」

緊張を悟られたくなくて、自分の意思に反してそんな言葉が飛び出してしまったことにびっくりしてしまう。
慌てて「今だから言えるけど、実はずっと見てたからさ。毒田さんのこと。変な意味じゃなくて」と付け加えたのだけれど、益々怪しい気がして一瞬パニックになってしまった。

しばらく黙って私の話を聞いていた彼女は、静かに目の前のノンアルコールカクテルが入っているらしきグラスを手に持ち、少し間を置いて呟いた。

「・・ありがとう。」

そうして、グラスの中身を飲み干した彼女はゆっくりと席を立つ。

「今日は、実はこれから用があって・・少ししかいられない予定だったんだけど、来て良かった。ありがとね、風巻さん」

私を見下ろす彼女は、何処までも真っ直ぐな目をして私に微笑みかける。

長い手足をもてあそぶように着こなしたワンピースをひらりと翻らせ、彼女が扉に近づこうとしたので、私は慌てて彼女を呼び止める。

「・・毒田さん!」

その声に、不思議な顔をして彼女は振り返る。
長い髪がふわりと揺れて、甘い香りが私の鼻先にまで届いてくる。

「良かったら、これ。」

手近にあった紙ナフキンにペンを走らせ、素早く携帯の番号とアドレスを書き殴り、私は彼女にそれを強引に手渡した。

驚いた顔をしている彼女がそれを認めて、優しく微笑む。

カランという音がして、彼女は風のようにその場をあとにする。

「あーあ、もう帰っちゃったのか~彼女。結局携帯の番号聞けなかったし。でも住所は変わってなかったんだろ?今回のハガキが届いてってことだもんな?な、もう1回やんない?同窓会」

いつの間にか私の隣に座っていた円谷が、バカなことを言っている。

ああ、でも。

自分の連絡先を渡したものの、相手の連絡先を聞かなかった私はもっとバカなのかもしれない。

けれどその後、2次会が終わって帰宅した一人暮らしを始めたばかりのアパートで、彼女からの連絡が入って物凄く嬉しくなる自分を、その時の私は知る由もない。

たださっきまで覆っていた寂しいような切ないような気持ちが消えて、私は今何故だか晴れやかな気分なのだ。

---

おさるさんと藍さんのリクエストにお答えして、書いてみました。
続編というか、サイドストーリー的なものを。

長くなったので前後編になってしまいすいません!