カランとカフェの扉が開く音がして、元同級生達の目線が一斉にそちらを向いた途端、皆が一瞬押し黙ったのが気配で分かり、私はふっとそちらに目をやった。
周囲の沈黙は、すぐにどよめきに変わり私はとても冷静に「ああ、やっぱりな」と思っていた。
例えば、昔からドラマの脇役として活躍していた俳優がふとした拍子に突然ブレイクして知名度が上がってしまうような、または地道に活動を続けていた売れないロックバンドが、何かのタイアップなんかでいきなりミリオンヒットを飛ばしてしまうような・・
そんな感覚に近いかもしれない。
私にとって、彼女こそがそんな存在だった。
私だけが、多分最初から彼女の魅力に気付いていて、ようやく皆が今更その魅力に気付いたのだ。
それは少し誇らしく、そして寂しくもある。
「同窓会?」
大学1年の丁度春先の出来事だった。
中学卒業以来、全く音沙汰のなかった同級生の円谷から、突然私の携帯に電話がかかってきたのだ。
何を隠そう、円谷は中学時代に密かに私の彼氏だった。
とは言っても、あの当時はキスどころか手を繋ぐことさえ照れくさく、単に図書館で一緒に受験勉強をしたりだとか、時々デートで映画館に行ったりだとか、皆に隠れてこっそり一緒に下校したりだとか・・可愛いものだったのだけれど。
私は女子高への進学を希望していたから、共学を目指していた円谷とは実際問題高校は別々になる訳で、案の定高校生になると同時に自然消滅してしまった。
そんな訳で、本当に久しぶりの電話だったのだ。
「風巻さ、学級委員やってたし、皆をまとめるの得意だろう?だからさ、幹事やってくんないかな?俺も手伝うしさ。」
「嫌だよ、大学入ったばっかでまだバタバタしてるし、皆結構進路もバラバラになっちゃったし、集まるかなんてわかんないじゃん。まして中学の同窓会って、どうなのよ、それ?」
何となく裏があるな、とピンときて、わざと気のない返事をした私に円谷は懇願する。
「頼む!一生のお願いだから!」
パンッと、手を合わせる音が電話越しに響いてきて、一体どうやって電話をしているんだろうと(多分肩と耳の間にでも挟んだのだろうが)考えながら・・私は心底面倒くさそうにいった。
「・・・そんなに懇願するくらいなら、何かあるんでしょ?言いなよ、それによっては引き受けてあげてもいいけど」
実際、幹事とか学級委員とかは好きなのである。
皆をまとめるのは、昔から得意だった。
「恩にきるよ!あのさ、覚えてる?同じクラスだったブスダハナコ」
ブスダハナコ・・その強烈にして、最高にインパクトのある名前だった彼女を忘れることなどあるわけがない。
現に、中学卒業後彼女に会うことなどなかったにもかかわらず、今でも時々思い出すくらいの存在だったのだ。
「・・覚えてないわけ、ないじゃない」
「だよな!だって名前もインパクトありすぎだし、何より・・名前負けしてなかったしなあ、あの子」
そう言って、耳元でふっと笑う円谷の声に少しだけ何か違う感情が込められているのを私は聞き逃さなかった。
そして、円谷が思うように名前のインパクトだけで覚えていたという訳では決してないのだが、密かに私が別の意味で彼女を気にしていたことなどこの男は知る由もない。
「名前負け・・酷いこというね、円谷。」
私はとりあえずそんな事を言って、さりげなく先を促す。
「いや、でもな。俺、ブスダが通ってた海成高と同じ地区だったじゃん?だからさ、噂されてたわけよ、どうも海星には『ブスだけど美人な子がいるらしい』ってさ。」
お互いに割と頭が良かった私達だけれど、県下一の名門校である海成には進学できるほどには頭は良くなかったのだ。
それほどまでに、あの進学校のレベルは高い。
という訳で、私はその一ランク下の女子高へ、円谷はそのもう二ランク下の共学へと進学した。
そして、私達の学年から海成に行ったのは、あのブスダハナコ以外には一人もいなかったのだ。
あんなにも目立たなかった彼女が。
あのブスダハナコが、海成に合格したというのはそれほどまでに強烈なインパクトを学年中にもたらしたのである。
「それって・・・ブスダさんってこと?」
もうここまで来たら、それしかないだろうと思っていた。
思わせぶりに名前を出してきた時点で、薄々感じてはいたことだった。
「そう。俺ももしかして・・って学校帰りに友達と一緒に海成の前で待ち伏せとかしたりしたわけよ。健気にさ。そうしたら、もう目を見張るほどの美女が校門から出てくるわけ。どうみてもあのブスダには見えなかったもんだから、思わず近くにいた冴えない男・・その男も当時のブスダくらいに不細工な男だったんだけどさ、『あの子、もしかしてブスダハナコって名前?』って。そうしたら、何か物凄い形相でにらまれながら『そうですけど、何か?』ってさ。あれは感じ悪い男だったな・・って話が脱線しちゃったけどさ、そんなわけ」
「・・ふうん。それと今回の同窓会と話が全く繋がらないんですけど?」
平静を装いつつ、私は少しだけ胸がチクリとするのを感じていた。
断じて言うが、円谷がブスダハナコの話をしているからという訳ではない。
ブスダハナコが、「やはり」磨けば光るタイプであったことが皆に知れ渡ってしまったこと、それが私にとっては何だか少し寂しかったのだ。
「だからさ、近寄りがたい高貴な存在になってたんだよね。俺、気付いたら彼女のこと好きになってて、なのに全然アプローチとか出来なくて。そんなこと続けているうちに気付けば隣になんか男の影っていうの?いっつも一緒に帰ってる奴が現われてさ。悶々としているうちに高校卒業、大学生になりました!ってな訳でさ。きっかけ、作って欲しくて。」
ふう、と大きくため息をついて私は言った。
「分かったよ、やればいいんでしょ、やれば。後でおいしいご飯でもおごってよね」
私は円谷に根負けしたように見せかけて了承した。
本当は変貌を遂げた彼女を見てみたいと思ったからだ。
彼女には、私をそこまで突き動かす何かがあった。ただ、それだけだ。