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夢を与える

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私は他の女の子たちよりも早く老けるだろう

チャイルドモデルから芸能界へ――幼い頃からTVの中で生き続けてきた美しくすこやかな少女・夕子。ある出来事をきっかけに、彼女はブレイクするが……

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待望の芥川賞受賞後第一作!
綿矢りささんの本です。

これははっきり言ってですね、インストールとも蹴りたい背中とも似ても似つかない、全く別格の小説になっています。
とか言い切れる自分は何様なんだって話ですが。

この小説が刊行されるにあたり、やはり新聞や雑誌などのメディアでちらほら綿矢さんのインタビュー記事を見かけることが増えてきました。

朝日新聞にインタビューが載っていて、彼女は芥川賞を受賞してから新作はたったの一本しか発表していなかったんですよね(インストールの文庫版に短編のみ)。

小説を書いてはアイデアが膨らまず・・また浮かんだら書いて・・を繰り返し、そんな中でアイデアが思ったより膨らんで書き進めたこの作品が、長編小説として発表されたのだそうです(確か)。

久々の長編小説ということで、賛否両論を得たらしい今作。

何より変わった所は、「一人称」でないことでしょうか。
今までの「一人称」での視点という構成を変化させたかった、文体を変えたかったというような事を綿矢さんは話していました。

更に瞬く間に知名度も作品も世間に知れ渡り、ある意味芸能人並に騒がれた当時と今作はシンクロしているのでは?と憶測が飛んでいることに関しては否定していたのですが。

やはりあんな経験をしたからこそ、生まれた作品なのでは?
と思ったりしたのです。

本を読む前から、この本のあらすじを見かけていたので結末は見えていたのです。
だけど・・何て痛い話なのか。

一度の過ちは、もう元には戻せないのですね。

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物語は、とある男女の別れ話から始まる。

幹子とトーマ。

六年間付き合ってきた二人。
トーマから別れを切り出される事に既に気づいていた幹子。

絶対に別れないと固く誓い、幹子は強引にトーマの部屋に住ませてもらうことを頼み、いつの日かトーマとの関係を復帰させ妊娠・・結婚を迫った。

子供が生まれた。
生まれた子供-夕子は虹から生れ落ちたかのような、現実離れして可愛らしい完璧な赤ん坊だった。

夕子が生まれた事で、両親である幹子とトーマは変わった。
幸せな夫婦関係が戻りつつあったのだ。

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とある日、友人の知り合いのカメラマンから夕子をチャイルドモデルにしてみては?と誘いを受ける。

そして衣料品の通販カタログのモデルになってほしいと依頼されたのだ。


夕子が小学一年になり、あるCMの出演依頼が舞い込んできた。

とあるチーズ会社の三十周年を記念し、チーズのCMに同じ女の子を幼い時から使い続け、その子がチーズを食べながら成長していく様を撮り続ける、という企画に夕子が選ばれたのだった。

契約期間は半永久

その契約の約束事としてこれから先ずっと、普通の、まじめな、いい子の生活を送ってほしい事を頼まれる。
そして、決してスキャンダルを起こしてしまってはいけないと。

夕子の知名度が上がる事を幹子は望んだ。
トーマはあまりいい顔をしなかったが、結局その契約を正式に交わすことになったのだ。


最初は特に話題になることもなかったCMだったが、定期的に続編が作られ「ゆーちゃん」(CMで夕子が自分をこう呼ぶ)がしぶとく出続けているうちに、人々の頭に夕子の存在は残り始めていった。


そして小学六年になった夕子は、CMの放映が重なるにつれ、ゆーちゃんは何者なのだ?という問い合わせが殺到するようになり、個人では対応出来なくなりS事務所を訪れた。

そしてS事務所と契約を交わす。
マネージャー沖島が付き、今まで通り母もマネージャー代わりを務めることになった。

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中学1年。

相変わらずテレビに出ている事で、からかわれていた夕子だったが同じクラスの多摩という男の子とは気が合って、一緒にいても楽しかった。
しかし、放課後は仕事に占領される。

その仕事の中で、取材が行われた。

「ゆーちゃんは将来どんなふうになりたいですか」

そう質問される度、想像もつかない未来にいつも言葉を詰まらせていた夕子。
そんな夕子に、沖島がこういうのだ。

「”テレビを通して、見ている人に夢を与えられる人間になりたいです”って答えればいいよ。」

それから夕子は、その言葉に疑問を感じながらも質問される度にそう答えていくのだった。

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中学二年になり、事務所から提案が出る。

「RQ刹那ギャルズクラブ」というグループの妹分として参加してほしいというのだ。

夕子はその仕事を引き受け、同級生たちにない身体と魅力を持ったメンバーに憧れを抱いた。

家庭では不穏な雰囲気が漂っていた。
両親が離婚するかしないかでもめているのだ。

それは、最終学年になった頃にも続いていた。

最初は両親の離婚におびえていたが、次第にそれを面倒くさく思うようになった夕子。
それでも、妙によそよそしい両親を見たくなくて、逃げるように家を出て受験勉強をしたりした。

そして、高校合格。
入学式には、沢山の報道陣が詰め掛けた。

夕子はどんどん有名になっていった。

そしてとある事件が起こる。それは夕子のブレイクのきっかけになるのだが-

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ブレイクした夕子。

取り巻く環境の大きな変化。
仕事詰めの毎日。

「夢を与える」という言葉に違和感を感じながらも、ドラマ出演・雑誌・ラジオ・CDデビュー・インタビュー・バラエティと様々な仕事を目まぐるしい日々の中でこなした。

学校は休まなかったが、一日中寝て過ごした。

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更に、事務所の方針で大学進学をすることになった夕子。

仕事をセーブし、突然ぽっかり空いた時間。
余裕が出てきたはずなのに、成績は下がる。

そんな中、テレビでとあるストリートダンスのトーナメント番組を見た夕子。

その中で踊っていた田村正晃という金髪の男に興味を持つ。

それが夕子の初めての恋になったのだが・・運命は大きく狂い始めて行き-

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完璧な赤ん坊としてこの世に生まれ、沢山の大人からちやほやされてもなおひねくれることも高飛車になることもなかった夕子。

その完璧な容姿と性格のまま、芸能界に行き続けて行けたら彼女は幸せだったのだろうか?

予想もしていない形でブレイクし、事務所の(大人の)方針で仕事はどんどん溢れるように舞い込んで、がむしゃらに仕事をこなし、だけどその忙しさは何かを失わせるのには十分で。

信頼していた両親の離婚危機、正晃との身を焦がすような恋、自然を愛する心も忙しさの中では自然とも遠ざかって。

騒ぐだけ騒いでもちあげたのはマスコミであり芸能界であるのに、落ちてしまえば何処までも追い詰める。

大人に翻弄され、愛に生きようとして失敗して、ただただがむしゃらに「今」を生きた夕子の未来の姿など誰が予測できたのだろうか?


「夢を与えるとは、他人の夢であり続けることなのだ。だから夢を与える側は夢を見てはいけない。恋をして夢を見た私は初めて自分の人生をむさぼり、テレビの向こう側の人たちと十二年間繋ぎ続けてきた信頼の手を離してしまった。一度離したその手は、もう二度と戻ってこないだろう。」


人とは違う、芸能界へ生きてしまったが故に一般人には出来るような事をほとんど経験出来なかった彼女。
恋をして夢を見ることも、タブーであるこの世界で彼女が得たものなど何があったのだろうか?

一気に読みきってしまった一冊だが、夕子は望んでこの世界に入ったのだったか?
ととある疑問にぶちあたった。

考えてみれば、常に夕子の周りには大人がいた。
そして大人によってこの世界に足を踏み入れることになった夕子の、翻弄され、落ちていくラストに私はやはり「痛い」と感じるのだ。

余談だが、私が唯一心が和んだのは、多摩と夕子のやりとりだけだった・・。

救いがない。
そしてこの後の夕子の姿を想像出来ない事が、何よりも悲しい。