No-music.No-life

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そのままの光 感想②

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卑怯者の歌

真夜中。
野宮は、夢川エリカ先生に会いに、四月の夜風の中スクーターを走らせている。

夢川エリカ・三十四歳。
決して有名な訳でもないが、小説や詩・エッセイを書き時には作詞をしているのである。

先生は益田さんという男性と暮らしている。
結婚はしていないが、益田さんの家の敷地内に仕事場として使う離れがあった。
先生に呼ばれる度、こっそりやってくる場所だった。

先生は僕を呼ぶと、二通りのうち、どちらかのパターンを選ぶ。

ひとつは、このまま机に向かって書き物の仕事をするか。
またもうひとつは、野宮をベットに誘いお互い裸になるか。

今日はどちらを選ぶのか?

後者のパターンを選ぶ事を切望したものの、今日は前者を選んだようだ。
そうなると、手持ち無沙汰になる。
だけれど、こちらから誘うことはできない。
愛想をつかされたくないのだ。

今日は、先生が作詞を手がけている、小谷ミヒロの曲をギターで弾いてくれと頼まれた。

シンプルな符割りの曲。
それに合わせたシンプルな歌詞。

メロディーも歌詞ももの足りない、つまらない曲だった。

それでも、駄目だなんて言わない。

野宮は先生と抱き合う事に、どうしようもない楽しさを覚えてしまっていた。

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軽音部の部室に久々に足を運んでみる。

エレキギターを弾く。
ピストルズ・クラッシュ・・
オールドパンクを好む野宮。
弾いているうちに、のってきて椅子から立ち上がった時だった。

部室に柿本と史織が入ってきた。

柿本とは、バンドの方向性に対してもめている最中である。

全曲英語で歌うことを望む野宮と、それにこだわらずに日本語で歌った方がいいという柿本。
また話は平行線を辿り、史織はうんざりした顔をするのだった。

史織が、裏門から鉄柵によじ登ろうとした時に、後ろから襟首を引っ張ってきた。

史織は、野宮がエリカ先生の所に通っていることを知っている。
紹介してくれたのも史織であった。

いつものように、もう辞めたほうがいいと説得しようとする史織にうんざりして心の中で強くつぶやくのだ。

僕はまちがってなんかない

先生のところで、何気なく歌った即興のメロディー。
以前あのつまらない曲と歌詞を弾かされたものだった。

先生の詩に、自分なりにメロディーをつけてみた。

先生は、とても喜んでくれた。
主旋律を鼻歌で考え、コード進行を手元の紙に書き込んだ。あっという間に出来上がり、先生に喜んでもらえたことが何より嬉しく思えた。

しかし・・
終わりはあっけなくやってきた。

もう野宮君とは会えないことになったから

それからは、どうしようもなく虚無な日々。

しかし・・ラジオからあの小谷ミヒロの歌が流れてきたことで、軽音部の部室へと向かった。

あの歌は・・
歌詞は確かに先生のものだった、だけど曲は・・野宮がつけたものだったのだ!

悔しかった。
悔しくてギターで弾きながら歌ってみる。

僕はまちがってないよ


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エリカ先生・・悪女過ぎます。
何だかその嘘の恋愛を信じてきた野宮がいたたまれないけれど、最後にやっと気付いたのかなと思うとほっとしますが。


北京の十日間

北京へ一人旅立ったのは、ただただある想いだけを抱えてきたからだった。
ツアーに参加するわけでもなく、予定を立てるわけでもなく、誰かをあてに行くわけでもない。
一人で中国に行くというだけの無謀な旅だった。

そんな時、偶然飛行機の中に居合わせた朝本さんという25、6歳と思われる大学院生であるという彼女に出会った。
国立大学の二年生の西野が、初めての中国だというと親切に色々なことを教えてくれるのだった。

宿泊先のホテルを、同じ部屋で取った方が安くていいよという訳で、滞在中は同じ場所にとまることになった。
見ず知らずの会ったばかりの人と、一緒に泊まるだなんてと気後れしている自分とは正反対に、堂々とした朝本さん。

彼女は、北京市内や観光地について説明をしてくれたり、電車の乗り方や切符の買い方、ホテルの取り方や何まで彼女はレクチャーしてくれていた。

時折見せる、暗い表情が気にかかった。
天安門事件について語ってくれた時。
また、ホテルに帰ってくると疲れきっている姿を見る度。

それでも、お互いが干渉することはなかった。

西野の旅の目的は、いたって単純なものだった。
ハルカというお人形のような可憐な彼女と初めて付き合う事になった西野は、周囲から「つりあわない」などと言われ続けていた。
あまりにも未熟だった西野は、次第に自信を失っていった。
一日に何度も電話をかけたり、彼女が行く場所に馬鹿みたいについていったりもした。

「西野君、ちょっと距離を置かない?」

それがきっかけだった。
簡単には戻れなくて、それでいてすぐにでも旅立てるところが必要だった。
それが中国だったのだ。

そして、北京を離れる事を決めた最後の夜。
気になっていた事を聞いてみることにした。

朝本さんの恋愛事情について。

そして、姉弟のような存在だったのにも関わらず奇跡が起きた。

「キスをしようか」

十年経っても、あのキスの意味を探している。
あれは一体なんだったのだろうか?

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ちょっと難しかった。
でも、彼女以外の人とキスするくらいの関係になることで、人ってこんなに変われるのかなあ?
複雑です。


万引きランナー


中学時代。
僕ら三人はチームだった。
万引きというシゴトの。

顔色ひとつ変えずに物を盗む大塚、学校ではいじめられているので、こっそりと視線を巡らすのがうまい佐藤、四百メートルで県下歴代二位のタイムを持ち、万引きで見つかっても逃げ切れるという林のチームワークは凄いものだった。

家が貧乏だった林は、ゲームを買う事もままならない家庭で育った。
それは父が、ギャンブルばかりに金をつぎ込む奴で、借金まみれという状態だったからである。

家にゲーム機がないという林と佐藤の話を大塚にすると、
万引きすればいいじゃん、という意外な答えが返ってきた。

佐藤の家は、同じく貧乏だけれど稼ぎが少ない為に兄弟を養うだけで精一杯という純粋な貧乏だった。
だから三人でシゴトに手をそめた。

いともあっさりとゲーム機は手元にやってきた。

入部当初の関係からは、明らかに変わってきている三人の関係。
いじめられっこの佐藤を誰よりもいびっていた大塚。
林がいることで、ひどいいじめに進展はしないというギリギリの関係になってしまった。

再び同じ店でゲームを盗んだ。
しかし、今回は気付かれた。

店員に追いかけられながらも、「散開」という言葉を合図に三人は散らばる。

物を持って逃げる役を任されている林は、豆粒ほどしか見えなくなった店員を見て、何だか嬉しくなってしまう。
ゲーム機は、川の中へと投げ捨てた。

盗んだものにはまるで興味がなかった林。
自由な金など持てない自分が、たやすく物品をただで手に入れる。人を出し抜く快感だけで十分だった。
この興奮を、大塚と佐藤と分かち合っているのが好きだった。

高校進学後、たまたま同じ電車に乗った三人は久々にシゴトに繰り出すことになった。
そしてそれが、チーム最後のシゴトになったのだ。

それからは三人が集まってシゴトをすることはなくなった。
大塚とも連絡を取らなくなり、佐藤とも会話を交わす事をしなくなっていった。

そして、林が大学進学をした頃訃報が飛び込んでくる。

佐藤が死んだのだ・・・

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後味が悪い中盤から、ラストでは切なくしかし前向きに終わります。
林の親父が、まんま自分の家と同じで他人事とは思えなくてやりきれません・・。


南天のカノーブス

東京タワーにて。
忘れられなかった女の子-美沙に再会した星井。

10年前。
星井の母が開いていた吟剣詩舞(国語の時間に習う漢詩や和歌にメロディーをつけ、それに合わせて踊る舞踏。詩を唄う吟詠と、刀を持って踊る剣舞と、扇を持って踊る詩舞の三つがある)教室に、美沙がやって来た時から物語は始まる。

美沙は、剣舞と詩舞を合わせた剣詩舞をやることになった。

最初に踊った時に、なかなか様になっているのが印象的だった。

亡くなったおじいちゃんの影響を受けている美沙は、時代劇が大好きでだからこそ、市民ホールで星井が「白虎隊」を踊った時の事を覚えていてとても褒めてくれたのだ。

中学時代は、ずっと美沙と共に稽古をしていた。
彼女は、筋がよくどんどん上達していった。
一年の冬休みを迎える頃には、星井に続いて二番目に踊りが上手になっていたのだ。

二年生になると、ますます踊りに磨きをかけ、県内コンクールの少年の部では三位に食い込んだ。
星井は優勝したものの、美沙の踊りほど人を惹きつけることは出来なかったのだ。

二年生最後のコンクール。
美沙とは紙一重の差で星井が優勝したものの、それは宗家の息子だからこその結果であった。
実力ではなかった。

そんなことを、父が経営する病院の屋上で美沙に話した。
こうやってよく、夜の屋上に出て星を眺めながら話をしていたのだ。
美沙の父の影響で、星に詳しかった美沙は色々な星の名前を教えてくれたりした。

おおぐま座シリウス。全天でいちばん明るく輝く星。
そこからほぼ真下に見て行くと、赤い星がある。
カノーブス
全天で二番目に明るい星。

「星井君にはね、シリウスでいてほしいの。いつまでも明るく輝いて、わたしの目標でいてほしいの。わたしは二番目でかまわないからさ」

そう言って、美沙は励ましてくれた。

星井は、とある女の子に恋をした。何故か美沙に悟られたことから、二人の間はぎくしゃくしてしまう。

中学生最後の冬。

突然美沙から告白を受けた。
好きな子がいると断るしかなかった。

「わたしのことを二番目に好きでいてほしいの」

美沙は言う。
うん、とかすれる声で頷くことしか出来なかった。

美沙の希望を叶えたはずなのに・・とても卑怯で後味が悪かった。

だけど、美沙との稽古の日々は続いていくのだと思っていた。
でも・・。

父の浮気により、両親が離婚。
そして、教室をたたむことになってしまった。

芋づる式に悲しみがやってきた。
出生の秘密。
父との血のつながりのないこと。
母と父の結婚のきっかけ。

悲しいことが溢れて、いつものように屋上のベンチで夜空を眺めることしか出来ない毎日を送った。
そんなことが続いて一ヶ月。

美沙がやってきて、やさしく声をかけてくれた。
言葉を返すことなど出来なくても、彼女は優しく声をかけてくれた。
時には星の話もしてくれた。

別れの時。

「星井君がいることに、意味はあるでしょ?」

そう言ってくれた美沙に、結局何も言葉を返せぬまま別れがきてしまった10年前。

言いそびれた言葉は、こういう偶然(必然?)的な再会が無い限り無理ですよね。伝えることなんて。

二人の今後が楽しみです。

色々な余韻を残して、甘酸っぱいような後味が一杯に広がるような、そんな感覚です。
久々にいい短編集を読んだな。