一昨日のことだ。
たまたまPerfumeを聴いていた私は、聞こえてくる音に違和感を覚える。
あれ、こんな音程だったっけ?
気のせいかな? そう思い、眠った。
月曜日。
盛大に耳鳴りが鳴っている。
しかもまた、ボォォォーという酷い耳鳴りだ。
(薬、2週間分しかもらっていないからな。やはり病院に行かなくちゃだめかな)
そのまま、出社。
仕事中の事だ。
左耳で電話を受けている時、滑舌が悪いのか、はたまた相手の声が小さいからか、よく聴きとれない。
「申し訳ありません。お声が遠いようなのですが、もう一度仰っていただけますか?」
恐縮しながら何度も相手に聴いてしまう。
その時点では、相手の声が小さいだけかな? と特に気にはしていなかった。
しかし、午後になるとこれは自分の耳がおかしいのだ、という事に気付いた。
音量を思い切り上げないと聞きとれない。電話の業務を生業とする私には致命的な事だ。
火曜日。
今日は仕事が休みなのだが、耳鳴りは相変わらず盛大に鳴り続けている。
そして、違和感。
――何だか、よく聞こえない。
気のせいかと思いTVをつけてみるが、音量は決して小さくないはずなのに聴きとりづらい。
自分の声すらも何だか違和感を伴って聞こえてくる。
迷わず耳鼻科へ行った。
前回の時点で「何かあったらまた来てください」と半ば見捨てられたような状態だったので気が重かったのだが、「どうですか?調子は?」
と言われて「昨日からまた耳鳴りが酷くて、今日はかなり聞こえが悪いです」と返すと、初めてこの症状が出た時に訪れた際と同じ検査をすることになった。
聴力検査は、途中機器の線が抜けていて音が鳴っていないだけだった、というハプニングがあったのだが(全然聞こえなくて本気で焦った)、そのハプニングを覗いても、今絶対音を出しているタイミングだ! と思うのに、聞こえない音が多いと自分でも分かった。
注射を打たれ、「夕方また来てもらって、治らないようなら別の病院を紹介します」と宣告された。
<処方薬>2日分
またあの激不味の薬を処方された時はめまいがしそうだった。それでも治るのならば――一縷の望みをかけて夕方再び病院へ。
――結果、聴力の回復がほとんどなく、「明日会社を休んででも午前中病院に行った方が良い。そうしないと、このまま聞こえないままになるかもしれないよ」と先生に叱られ、実際のところ自分でも午前中と全然調子が変わっていないことを実感していたので、仕事は休みをもらって明日別の病院に行く事になった。
紹介状を渡され、今回は処方箋はなし。
本日の医療費¥6,900也。
明日、もう少し大きな病院へ行く。
いわゆる、セカンドオピニオンというやつだ。
私は一体どうなってしまうのか?
突発性の難聴くらいで死にはしない。
仕事に支障が出て、人の声が聞きとりにくくなって、耳鳴りが始終うるさいだけだ。
でも、でも――車の中でかけているサカナクションの音楽が、いつもの通りに聞こえない。
音程が外れ、聞き取れない低音があるせいか、記憶にある音楽とは異なるものになり果てているのだ。
こんなことがあって良いのだろうか。
昔から聞いてきた曲達は、音程がおかしく聞こえるせいで違和感を持って聞く事しかできない。
このまま治らなければ、それが普通と思うようになってしまうのではないか。
音楽がなくても、確かに生きていける。
実際はそうだろう。
しかし、こんなの、あまりにも悲し過ぎる。
ただ、絶望するにはまだ早い。
明日の検査結果を、今は待つしかない。
いっそ原因や病名がはっきりしたらすっきりするのに。
最終的には、やはり精神的なもの、とかストレスとか、心療内科を案内されるのがオチかな?
不安が高まり過ぎて、帰りに車の中で涙がポロポロこぼれてきた。
人間というのは、体調が悪くなるといきなり弱気になるものなんだな。
明日起きたら、治っているなんて奇跡が起きたら良いのに。
まあ、治っていたとしても念の為病院で見てもらうけどね。