No-music.No-life

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我輩は、猫背である。

私は、猫背である。

小学校の頃のことだ。
当時から眼鏡宣告を受けていた私は、当時珍しかった眼鏡をかけることをとても嫌っていた。
視力はどんどん下がり続けていったが、それでも眼鏡をかけようとは思わなかった。

黒板が見えないので、一番前の席にしてもらい何とか授業についていっていたのだが――

当時――小学校6年生だった――は、まだクラスメイトの男子は自分より小さい子のほうが多かった。その頃から156cm程度はあった自分の身長を、ゆうに下回る男子などザラにいたのである。

「見えない」

一番前の席、その後ろは小柄な男の子が座っていたと記憶している。
その男の子が、私に言った。

(私の背が自分より大きくて、黒板が)見えないのだと。

それからだろうか。
当時は特に引っ込み思案だった私は、その言葉を言われて以来怖くなってしまった。
常に身を縮こまらせ、少しでも後ろの席の男子が黒板を見るという事を妨げてはいけないという脅迫観念に追われていたのかもしれない。

そんなわけでいつしか、私の背は猫のように丸まり始めた。




中学校で吹奏楽部に入っていた私であるが、楽器を吹くときも猫背。
習っていたエレクトーンを先生の前で弾くときも、猫背。

更に高校に入ってから、底辺女子高生になり下がった(いや、元々下だったから下がりようがないが)私は、自分に自身を失いどんどん背中が丸まっていった。


友達に指摘され、そして自分でも猫背であることはちゃんと分かっている。
直そうと試みるのだが、長年癖になっているものというのは直すのに大変な労力がいる。

猫背を直そうと、背筋をピンと伸ばしているだけで数十分で逆に疲れてしまうのだ。
猫背な人にとって、猫背ほど楽な姿勢はないのである。


しかし、私は生まれ変わろうとしている。

ネガティブを乗り越え、少しずつ少しずつ浮上していく中で、驚く程前向きになっている自分がいる。
魅力的な女になりたいぜ!という意気込みの中で、やはり猫背はいただけない。

これは直さねば!早急に!

という訳で、猫背になっていたらぜひ指摘していただきたい。
いかんせん、自然と猫背になるのは避けられないのである。何せ10年以上も付き合ってきたものだからな。




最近、仕事が忙しかったりでなかなか充実した日々を送っている。
色々な人と話す機会も出来、自然と笑えている自分がいる。
とてもよいことだ。

今日、自分が荷物を運んでいるときに、ドアを開けるのに難儀していたところ、すっととても自然にそれを手伝ってくださった方がいた。

これが男性だったら、危うく恋も生まれてしまうかのような嬉しい出来事である。
現実は女性の方だったのだが、自分のやろうとしていたことを後回しにしても、目的地の場所までドアを開けに付き合ってくれたその人の優しさに、胸を打たれた。

自然と、何の躊躇いもなくそんな風に人に親切に出来る人間になりたいと思った。

外見を磨くだけじゃなくて、中身も立派な人間になりたいと。

目標は高いが、こんな風に前向きになれたこと事態が奇跡である。

色々と、ありがとう。

頑張ろうと思う。色々なことを。

もうすぐ春だし。新しい事が始まるかもしれないし。
始まったし。

ともかく、猫背は卒業します!


今年の目標は、実は密かに

猫背を直す

だった。今更だけれど。