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YAHOO!文学賞の話 (2)

「クリスマスの日に家族三人、水入らずで過ごせるだけで良いの。プレゼントなんていら
ない。クリスマスに、家族全員揃ってご馳走を食べる、ただそれだけしか望んでない。で
も、いつだって私は一人ぼっち……」
 目を伏せた少女の声は、微かに震えていた。照明も暖房器具も一切付けられていないこ
の場所は、微かに漏れてくる月明かりと、街中を照らすイルミネーションのわずかな灯り
だけが、部屋を少しだけ明るく照らしていた。けれども十二月の夜の寒さは、少女と男の
二人だけでは持て余す程に広いこのリビングを、容赦なく冷やした。
 しかし、少女の声が震えているのは寒さのせいだけではないだろう事に、男はとっくに
気付いていた。大きな音を立ててしまい、今こうして少女に侵入を咎められているという
のに、少女の両親はこの場所に現れない。つまりこの家にいるのは少女と男の二人だけだ
という事だ。例え両親が仕事に出ているのだとしても、流石にこの時間には帰宅していて
もいい頃だろう。少女の言葉は、訳ありの雰囲気を十分に漂わせていた。
「……だけど、やっぱりあなたは嘘をついてます。だってあなたが本物のサンタクロース
のわけは絶対に、ないから」
 少女は口元に微かな笑みを浮かべて、ポツリと呟く。
「確かにいきなりサンタだなんて言われて信用出来る訳はないと思う。だけど、どうして
そう言い切れる?」
 男は少女の寂しげな目に、まるで吸い込まれてしまうのではないかという錯覚を起こし
そうになりながら、問いかけた。
「――私の両親が、本物のサンタクロースだから」
 間髪を入れずに、少女が言った。
「え?」男が大きく口を開けたまま、数秒固まった。
 俺がついた嘘を、更に嘘で塗り替えようとしているのか。何のために? それが一体、
この子にとって何の意味がある? この子は、クリスマスに家族と一緒に過ごしたいとい
うささやかな願いすら叶わずに、毎年一人きりでクリスマスを過ごさなければいけない可
愛そうな女の子なのではないのか。けれどこの子が嘘をついているとは思えない。ならば
何故?――男は混乱した。
「信じられないですか? でもあなたは言った。サンタは、あなた一人だけではないんだ
って」
 男の間抜けな顔に、少女は手袋をした細い手を口元にあててクスクスと笑った。
「私の言っている事が嘘だと思うのなら、私だってあなたの言い分は信じられない。私の
言葉を否定するのなら、同時に、あなた自身がサンタである事も否定する事になる。サン
タは一人ではないのでしょう? ならば、私の両親がサンタである可能性だって、ない訳
じゃない。違いますか?」
 男は少女の問いかけに答える事が出来ない程、混乱していた。少女が嘘をついているの
か、それとも――男はいつの間にか、少女のペースにのせられている事に気付いていなか
った。男にはもう、目の前の少女が一人ぼっちで寂しさを募らせる、健気で可愛そうな人
間にしか見えなくなっていたのである。そして、この質問の答えを否定してしまった瞬間、
男自身が嘘をついていた事を認める事になる。ならばどうすればいいのか――
「……あなたが、この家に入ってきた、あの煙突……」
 少女が、微笑をたたえたまま暖炉を指差した。
「こんな寒い日に、どうして暖炉を使わないのかなって思いませんでしたか?」
「それは……今から薪を用意するのが面倒だったとか……」
 反論する事すら出来ずにいた男が、ようやく口を開く。その声はやや掠れていて、まる
で男の動揺を見抜いているかのように、ふふと少女は屈託なく笑った。
「面白い、だけど外れです」
「サンタクロースは、煙突から家の中に入ってきて、子供達にプレゼントを届けにきてく
れます。だからあなたも、煙突から入って私にプレゼントを届けようとしてくれた」
 男は頷く。そして男は、自分を見据える少女の目から逃れるように、視線を逸らした。
「その時もし、暖炉に火がついていたら。火を消した後、まだ余熱が冷めていなかったと
したら? サンタさんは、火傷するかもしれないし、下手したら家の中に入る事すら出来
ない。だから、私の家では絶対に暖炉を使わないんです。サンタさんを迎え入れるために。
実際に沢山の子供達の家にプレゼントを届けている両親の経験から、実践している事なん
です。……まあ今時、煙突のある家の方が少ないんでしょうけど」
 少女は相変わらず微笑を湛えたまま、そう言った。

「確かに煙突のある家なんて、実際に見た事はほんの数回しかないな。今時のサンタはプ
レゼントを届けるのも一苦労だよな」
 だからこそ――この家を見つけ、この家の大きさを見た時――ターゲットをこの家にし
ようと決めたのだ。当然ながら、そう思っただけで、男は決して口には出さない。
 冗談めかした男の口調を嘲るように、一切の躊躇なく少女は話を続ける。
「あなたは言いました。私が望むプレゼントを、事前に調べる事が出来なかったと。だか
ら、思ったんです。ならばこの家の暖炉が、実際に使われているかそうでないかも、あな
たはきっと、調べていなかったんじゃないかって。実際にあなたは、答えられなかった。
あの暖炉を何故使わないのかを。そもそもあなたは、あの暖炉が普段は使われていると思
ったんじゃないですか?」
 男は息を呑み、言葉を失った。図星だったのだ。
「あなたの言うサンタ界ではどんな風に調べているのかは分かりませんけど」少女は皮肉
を言える程の余裕を見せて、男を見る。
「もし事前に調べる事が出来ていたのなら……いつ見ても煙突から煙が上がらない事も、
更に詳しく調べていたのならば、この家を建ててからあの暖炉を一度も使用した事がない
事だって分かっていても良かったはずです。それに、気付いてないんですか? 本来なら
煤で真っ黒になるはずのあなたの服や髭が、今は埃で汚れています。これこそが、暖炉を
一度も使った事がない事の、紛れもない証拠なんですよ。それでも、あなたは自分をサン
タだと言い張るんですか?」
 男はもう、観念するしかなかった。がっくりと肩を落とし、警察のお世話になるという
運命を、最早受け入れるしかないと悟った。

 しかし、予想に反して少女は、男を警察に突き出す事をしなかった。
少女は何を思ったのか、一度二階へと何かを取りに行ってからすぐに男の元へと戻ると、
「せっかく泥棒しに来たのに何もお土産がないんじゃ、あまりにも寂しいでしょう?」と、
見るからに高価なプラチナのネックレスの入ったケースをそっと男に手渡した。
「……何で? 警察に突き出されるならまだしも、俺が、こんな高価な物を受け取る資格
はないだろ?」
 男は困惑し、手渡されたケースを受け取れないと拒絶した。
「いいえ。もしあなたが空き巣に成功していたとしたら、もっと沢山の宝石を盗まれてい
たかもしれません。だけど、今このネックレスをあなたにあげる事でそれを回避出来たの
だと思えば、最小限の被害で済みますから。安いものです」
 少女は屈託なく微笑み、男は苦笑する。結局それを受け取る事にした男を、少女は玄関
から送り出す。男はドアに手をかけ、「ありがとう。泥棒しに来ておいて、ありがとうも
変だけど」と言って笑みを返した。
「さよなら。もう、二度と会うことはないと思うけど」
 少女は尚も微笑んだままだった。その笑顔は無邪気そのものであり、何処か楽しげでも
あった。

「ええ。そうです。私、見たんです。たまたま立花さんの家を尋ねる用があって。そうし
たら、立花さんの家からサンタクロースの格好をした不審な男が出てきて……」
 寒さのせいなのか、小刻みに声を震わせた彼女は言った。
「私、まさかあの人が空き巣の犯人だなんて全然気付かなくて――」
 今頃になって怖くなったのか、彼女は今にも泣き出しそうな顔をしている。先程まで男
と少女がいたあの家の前には数台のパトカーが停まり、遅い時間だというのに近所の野次
馬たちが数人集まっていた。
 彼女は立花家周辺の喧騒から離れた場所で遠巻きにその様子を眺めながら、手にしてい
た携帯電話の電源をオフにした。――この携帯もすぐに解約しなければならないと思いな
がら。

「クリスマスには、毎年両親からプラチナのアクセサリーをプレゼントされるの」
「私の家には煙突があってね。母が、見た目の可愛さだけで作らせちゃったの。だから一
度も使ったことがないの」
 大学に入学したばかりだという立花の娘は、ことあるごとに自分の家の自慢をした。
それは、言外に私の家はこんなに凄いのよ、うらやましいでしょう? という思いが嫌と
いう程滲み出たものだった。
 煙突のある、大きな家。その家を見た瞬間、次のターゲットはここだと決めていた。立
花の娘が、自分と同じくらいの年齢である事、都内のK大の学生であることを突き止めた
彼女は、すぐに立花の娘との接触を謀った。すぐに顔見知りになり、不審に思われないよ
う偶然を装いながら機会を狙い、家の合鍵を作る事など容易いものだった。世間知らずの
お嬢様は、人を疑う事など一切しなかったのだ。――その事も、彼女にとっては好都合だ
った。
 大きな家から想像できる通り、立花の家は裕福であった。けれども特別な防犯対策をし
ていない事、クリスマスの夜には必ず家族揃って教会のミサに行く事を調べていた彼女は、
決行をその日に決めていた。だから驚いた。まさか、自分以外にも同じ事を考えていた人
間がいた事に。彼女の部屋にある、毎年両親から贈られているというアクセサリーを物色
している最中に階下から物音がした時には、本当に驚いた。だけど男が彼女の姿を見ても、
立花の娘であると信じて疑っていなかった事に心底ほっとした。きっとあの男は、下調べ
が足りなかったのだ。男はまんまと騙され、後に物的証拠となるはずのプラチナのネック
レスを手土産として受け取り、何の疑いもなく素手で触れた玄関のドアノブに指紋を残し
て帰って行った。男は彼女を信用し、彼女も完璧な演技で男を騙し通したのだ。
 男の指紋は検出され、証拠品であるネックレスもすぐに押収される事だろう。男には身
に覚えのない品々が消えた事も、いずれ男の仕業にされるはずだ。警察があの男に行き着
くのは、きっとそう遠くはない。
 それにしても、両親がサンタクロースだなんて。よくそんな嘘をすらすらと思いついた
ものだ。だけど結果的に男を追い詰める事が出来たのだから、満更私の発想も悪くなかっ
たのかもしれない――そう思うと自然と笑いがこみあげてきて、彼女は悪戯を思いついた
子供のように小さく笑った。
 彼女はキャスター付きの荷物を転がし、最寄の駅へと向かう為に歩き出す。新たなター
ゲットを求め別の街へと旅立つ準備は、もう既に出来ていた。




っていうか、読み返してみると色々恥ずかしいですな。
最初に書いた設定で、色々突っ込みやご指導を頂いたので、設定自体がガラリと変わっていたりします。
前の方が良かったとか言われたりもしたのですが、とりあえずこれはこのままで終わらせました。

今年は、あの200枚越えの小説を何とかちゃんと修正して形にしたいです。
徐々にはやっているんですが、気力がないとなかなかできませんね。